上皇の執刀医「心臓病はここまで治せる」

冬は血圧が下がりすぎて病院で倒れる高齢者が増える

順天堂大学医学部心臓血管外科の天野篤教授
順天堂大学医学部心臓血管外科の天野篤教授(C)日刊ゲンダイ

 寒い季節になると、病院で急増するトラブルがあります。午前11時くらいから午後1時ごろまでの間に、院内で突然倒れる高齢者が1週間に2~3人のペースで続出するのです。患者さんに緊急事態が起こったとき、ほかの患者さんにはわからないように隠語を使った「スタットコール」と呼ばれるスタッフ向けの院内放送が流れます。冬場はそれをよく耳にします。

 急に院内で倒れる患者さんは、外来診察のために朝早くから受け付けを済ませて並び、2~3時間待ってからやっと診察を受け、薬を処方してもらってから院内にある休憩所や喫茶店に立ち寄って一息ついた途端、フーッと気が抜けてしまうのでしょう。すると、血圧が一気に下がって気を失ってしまうのです。

 血圧というと高血圧ばかりがクローズアップされますが、低血圧も甘く見てはいけません。血圧が低いことそのものは、高血圧のようにほかの病気には直接つながりませんが、めまい、立ちくらみ、頭痛、全身の倦怠感といった症状が起こり、失神して転倒するケースもあります。命に関わるような大きな事故につながるリスクがあるのです。

 低血圧には明確な基準はありませんが、一般的に収縮期血圧が100(㎜Hg)以下の場合を指します。普段は正常範囲なのに急激に血圧が低下して70以下になると、まず腹痛が表れます。ヒトの体は、血圧が下がって血流が少なくなると、優先的に脳、心臓、腎臓に血液を送ろうとします。そのため、ほかの臓器への血流が減って影響が出ます。胃への血流が減ると胃粘膜の保護機構が障害されて腹痛が起こるのです。

 低血圧の状態が続いて脳への血流が減ると、脳機能が全般的に低下して意識消失を招きます。高齢者は動脈硬化が進んでいる場合が多く血管に弾力性がないため、急激な血圧低下を起こす可能性が高くなるので注意が必要です。

■若い頃に低血圧だった人も注意

 急激な血圧低下を防ぐには、まず常用している薬の管理が重要になります。定期的に通院している高齢者の多くは高血圧があって降圧剤を服用しています。気温が低い冬は血圧が上がります。体から体温を逃がさないようにするため、血管が収縮するからです。ですから、高血圧の人は冬場の心筋梗塞や脳梗塞に用心して降圧剤をしっかり服用し、多めに処方されている人もいます。これで、薬が効きすぎてしまうリスクがあるのです。

 朝早くから遠方の病院に出向くなどハードなスケジュールで行動しなければいけないときは、普段よりも血圧変動が大きくなりがちです。普段通りに降圧剤を飲んで血圧を下げてしまうと、タイミングによって下がりすぎて倒れてしまうのです。ハードスケジュールで行動するときは、降圧剤の服用をその日だけ中止したり、普段の半分の量だけ飲むようにするなどの対策が考えられます。担当医に相談してみましょう。

 高齢者の低血圧だけではなく、若い頃に低血圧だった人も注意が必要です。両親のどちらかが高血圧だった場合、加齢とともに遺伝的な因子が表に出てきて、まず確実に高血圧になります。30代後半から40代前半くらいになると、血管の老化などから気付かないうちに高血圧が表れ始め、ストレスを受けたりすると一時的に血圧が一気に上昇するようになります。それが、心房細動の原因になるケースも少なくないのです。自分はずっと低血圧だったから……と安心せず、加齢で血圧がどのように変化しているかどうかをきちんと把握しておくことが大切です。

 低血圧の裏に、心筋梗塞、不整脈、甲状腺機能低下症といった別の病気が隠れている場合もあります。定期的に血圧を測定して、サインを見逃さないようにしましょう。

天野篤

天野篤

1955年、埼玉県蓮田市生まれ。日本大学医学部卒業後、亀田総合病院(千葉県鴨川市)や新東京病院(千葉県松戸市)などで数多くの手術症例を重ね、02年に現職に就任。これまでに執刀した手術は6500例を超え、98%以上の成功率を収めている。12年2月、東京大学と順天堂大の合同チームで天皇陛下の冠動脈バイパス手術を執刀した。近著に「天職」(プレジデント社)、「100年を生きる 心臓との付き合い方」(講談社ビーシー)、「若さは心臓から築く 新型コロナ時代の100年人生の迎え方」(講談社ビーシー)がある。

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