日本人で良かった!公的医療保険

米国における乳がん治療の実際<5>日本式医療を守るために

写真はイメージ
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 これまで4回にわたり、米国在住の50代の日本人女性Aさんが乳がんを宣告され、治療に奔走する様子をお話ししてきました。「米国だと治療は大変だ」と感じられた方も多いと思います。幸いAさんは手術も乳房形成術も無事終わり、毎週末に趣味のダンスを楽しむ元の生活リズムに戻ることができました。しかし、半年に一度、専門医に経過観察してもらわなければならず、この先も乳がんについて自分で学び、必要な時はお金を支払い、医師のアドバイスを聞き、それを基に自分で決断しなければ誰も助けてくれないという状況に変わりません。

 日本の公的医療保険制度にも問題点はたくさんあります。しかし、米国と比較してみると、誰もが同じ質の医療を無理のない費用で受けられるなど、はるかに優れていると思います。ところがその公的保険制度は今、財政的理由から存続の危機にひんしています。この制度を長く維持するために、私たちはどうすればいいのでしょうか。

 私はまず、街のドラッグストアで買える薬があるなら、自分で服薬管理できるくらいには、自分の体についても、また薬についても知識を身につけるべきだと思います。最近はクリニックで処方される薬と同等の成分や効果のOTC薬(市販薬)も多くなりました。ある程度の医療知識がなければ、正しく使うことすらできません。

 病気にならないよう、正しい食事法や生活習慣の知識を身につけ実践することも大切です。定期健診を重視し、問題が見つかれば早めに対処を考えるなど、「健康は自分で守るものと考える」習慣が必要でしょう。

 その上で「フリーアクセス」についていま一度、考え直す必要があります。フリーアクセスとは、どこの病院にも原則的に制限なく行ける制度で、「国民皆保険」とともに日本の公的医療保険制度の骨格を成すものです。

 米国では、専門医にかかるためにはまずプライマリーケア医師に会い、専門的な治療の必要性を合意する必要がありますし、加入している保険で受けられる医療の範囲もばらばらです。一方、日本は、フリーアクセス制度に安住するあまり、軽い風邪や肩凝りでも大病院にかかったり、真夜中に救急窓口に行くケースが多々あります。こうしたフリーアクセスの乱用が医療経済を圧迫し、医師や看護師らの過剰労働を強い、本当に必要な患者さんに医療資源を集中できない原因となっているのです。

 米国の医療プロセスはビジネスライクな半面、それぞれの診療現場では、医師や医療者が心のケアの重要性をよくわかっていて、家庭内暴力を受けていないか、話し相手はいるか、など質問してくれたりします。それは、サービス満載で時間的にきつきつになっている日本の医療のマイナス面を教えてくれる事実でもあります。日本の良い医療制度を守りつつ、病気とどう向き合うか、考える時期が来ていると思います。

奥真也

奥真也

1962年大阪生まれ。東大医学部卒業後、フランス留学を経て埼玉医科大学総合医療センター放射線科准教授、会津大学教授などを務める。その後、製薬会社、薬事コンサルティング会社、医療機器メーカーに勤務。著書に中高生向けの「未来の医療で働くあなたへ」(河出書房新社)、「人は死ねない」(晶文社)など。

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