上皇の執刀医「心臓病はここまで治せる」

心臓を止めない僧帽弁閉鎖不全症の弁形成術は革新的といえる

順天堂大学医学部心臓血管外科の天野篤教授(C)日刊ゲンダイ

 昨年12月、大阪大学の心臓血管外科の研究グループが、「僧帽弁閉鎖不全症」に対する画期的な手術法を国内で初めて成功させました。心臓を動かしたまま人工心肺を使わずに傷んだ僧帽弁を修復する弁形成術で、「ネオコルダ」と呼ばれる手術です。

 これまでの弁形成術は、人工心肺を使って患者さんの心臓を一時的に停止させ、大きく開胸する方法で行われていました。一方、今回のネオコルダは、左胸を4センチほど小さく切開して心臓の先端にあたる心尖部から専用デバイスを挿入。僧帽弁を支える「腱索」が傷んで伸びたり切れてしまっている状態を、デバイスを用いて糸を通し再建しました。

 人工心肺を使って心臓を一時停止させる従来の弁形成術は、患者さんの負担が大きい手術です。心臓の拍動を止めている時間が長ければ長いほど、患者さんは強いダメージを受けます。赤血球の寿命が短くなって回復が遅れたり、血流が不安定になって他の臓器にダメージを与えたり、免疫反応が変化して合併症を招くリスクもあります。

 逆にネオコルダのように心臓を止めずに手術を行えば、患者さんの負担は大きく軽減され、術後の回復も早くなるのです。また、大きく開胸せずに小さな傷だけで済むので、入院期間が従来の半分から3分の1にあたる4~5日まで短くなります。

 つまり、ネオコルダは低侵襲で安全性も高い手術といえます。人工心肺を使用しない分、手術費用も安くなるでしょう。持病や全身状態が悪く人工心肺を使えなかった患者さんに対し、弁形成術を実施できる可能性が出てきた点も含め、革新的な手術法です。まだ臨床研究の段階ですが、これから2~3年のうちに一気に広がるのは間違いありません。

■まだいくつか課題も残っているが…

 ただし、現時点ではまだデメリットもあります。小さく切開してデバイスを使って処置するため、どうしても従来の開胸手術よりも弁形成の仕上がりが甘くなり、血液の逆流が残ってしまう可能性があるのです。

 いまは超音波画像診断機器が飛躍的に進歩していて、3次元的に心臓の状態、弁の動き、冠動脈などをはっきり映し出し、手術中に確認することができるようになりました。

 ネオコルダも超音波画像でリアルタイムに弁の修復や逆流の具合を確認しながら処置を行います。心臓の動きを止めずに行うため、逆流がどのような状態になっているのかがわかるのです。ネオコルダは、そうした機器の進化があったからこそ生まれた手術法といえます。

 しかし、心臓を動かしたまま処置をするのは、いったん心停止してきっちり弁を修復する従来の方法に比べて、難易度が上がります。薬を使って脈拍を落とすなどしてコントロールはできますが、気を使わなければならない部分が増えるので、どうしても仕上がりが緩くなってしまうリスクがあるのです。従来の弁形成術なら逆流の度合いが4度からほとんどで0度まで改善するのに、ネオコルダは4度が2度になるくらい……といったケースも考えられます。

 また、直接手で触れながら作業できる従来の開胸手術とは違って、ネオコルダはデバイスを通して処置を行います。そのため、心臓や弁の組織の実際の丈夫さが判別できません。画像診断から想定していた以上に組織が弱くなっていて、糸を通して弁を処置している最中にちぎれてしまうといった可能性もあるのです。主病変である弁以外の場所の組織がもろくなっているケースもあるため、そうした場合の対処法も課題といえるでしょう。とはいえ、ネオコルダが革新的な手術法であるのは間違いありません。順天堂医院でも導入の準備を進めていますし、今後に注目しています。

天野篤

1955年、埼玉県蓮田市生まれ。日本大学医学部卒業後、亀田総合病院(千葉県鴨川市)や新東京病院(千葉県松戸市)などで数多くの手術症例を重ね、02年に現職に就任。これまでに執刀した手術は6500例を超え、98%以上の成功率を収めている。12年2月、東京大学と順天堂大の合同チームで天皇陛下の冠動脈バイパス手術を執刀した。

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