人工心肺を使わずに心臓を動かしたまま傷んだ僧帽弁の修復を行う新しい手術法について前回お話ししました。「ネオコルダ」と呼ばれる弁形成術で、大阪大の心臓血管外科グループが国内で初めて成功させた手術です。
心臓の拍動を止めないうえ小さく切開するだけで済むため、患者さんの負担が大きく減る革新的な手術といえます。ただ、将来的にネオコルダが僧帽弁閉鎖不全症に対する治療のスタンダードになるかといえば、そう簡単な話ではありません。
現在、「弁」や「孔」といった心臓内構造物の単純な異常に対する治療には、2つの大きな流れがあります。
1つはカテーテルを使って血管の中から病変を治す内科的治療です。僧帽弁閉鎖不全症に対するマイトラクリップや、大動脈弁狭窄症に対するTAVI(経カテーテル大動脈弁留置術)がそれに当たります。近年、超音波画像診断機器が飛躍的に進歩したため、血管の中がどのような状態なのかがリアルタイムでわかるようになりました。病変の修復具合も立体的な画像で確認しながら処置できます。
さらに、大きく開胸せずに局所麻酔で心臓と離れた足の付け根などの血管からカテーテルを挿入して処置するので、患者さんの負担が少なく済み、非常に多くの患者さんに行われています。
■ネオコルダは血管内治療より守備範囲は広いが…
もう1つの試みが、ネオコルダをはじめとする外科的治療です。心臓の近くから局所麻酔または全身麻酔で小さな傷を開けて病変にアプローチする方法です。こちらも基本的には心臓を止めないで処置するのが主流で、超音波画像診断機器で確認しながら行います。
大きく開胸する従来の外科手術に比べ、患者さんの負担は少ないといえます。
とはいえ、心臓の外からアプローチする方法は、必ず心臓のどこかに傷がつくため「侵襲的」と言われます。傷が残ると術後に不整脈を起こしやすくなるなどの問題も出てきます。ですから、循環器内科医は心臓に傷をつけない血管内治療をしたがる傾向が強いのです。しかも、心臓血管外科医に比べて循環器内科医のほうが圧倒的に数が多いので、血管内治療を受ける患者さんは急速に増えました。内科医も血管の中から治療できる新たな機器を次々に探し、開発が進んでいます。
今回のネオコルダは、「このまま内科医に突っ走られるわけにはいかない」という外科医側の危機感から生まれた治療法ともいえます。内科が行う僧帽弁閉鎖不全症に対する弁修復の血管内治療は、いまのところマイトラクリップしかありません。そうした血管内治療では対応しきれないくらい悪化した状態でもネオコルダならば対処できる可能性が高く、従来の弁形成術に近い修復ができます。血管内治療に比べると、守備範囲が広い治療法といえるでしょう。
ただ、内科医側もこのまま手をこまねいているだけではないでしょう。マイトラクリップ以外の血管内治療が必ず出てきます。内科医が実施する新たな血管内治療が登場すれば、研究者、実施者ともに多数なうえ、初診患者さんと接する機会が多いため、それが主流になっていく可能性が高いといえます。
ここ10年くらいで急速にポピュラーになったTAVIも同じような流れで発展しています。留置するためのデバイスをはじめ、交換する人工弁もどんどん進化して、安全性かつ確実性が高くなっていきました。それに伴ってTAVIの治療成績も向上し、弁を交換して命は助かったけど1年くらいするとまた治療が必要に……といったケースがだんだん減っていきます。外科医もそうですが、内科医も自分たちが主導する治療がいちばん輝けるゾーンを常に探しているのです。
モノの発展というのは、いったん流れができると必ずそちらの流れに進むものです。手術が必要な患者さんに対し、ネオコルダは「人工心肺を使って心臓を止める方法ではなく、まずは心臓を止めないで行ってみてはどうですか?」といったアプローチでこれから数多く実施されるでしょう。しかし、それでも圧倒的に人数が多い内科医が行う新しい血管内治療が、いずれまた優勢になるだろうと思われます。
もっとも、こうした外科医と内科医による切磋琢磨が、新たな治療法を発展させ、将来的には患者さんに良い結果を提供することになるのです。
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