上皇の執刀医「心臓病はここまで治せる」

心臓疾患を抱える人は新型コロナウイルスに細心の注意を

順天堂大学医学部心臓血管外科の天野篤教授
順天堂大学医学部心臓血管外科の天野篤教授(C)日刊ゲンダイ

 中国・武漢から発生した「新型コロナウイルス」(COVID―19)の感染が拡大しています。2月18日時点では、日本国内で確認された感染者は45人(クルーズ船の乗客乗員、武漢からのチャーター便帰国者を除く)で、13日には感染した80代の女性が亡くなったと発表されました。

 こうした状況や大々的に繰り返されるマスコミ報道を受け、ドラッグストアからマスクが見当たらなくなるなどパニック状態が続いています。感染対策が講座として機能している病院に勤務する身としては「COVID―19は健常者にとってはそこまで怖いウイルスではない」という立場です。ただ、抵抗力が弱まっている高齢者や持病を抱えている人は、感染から肺炎を起こして命を落とすリスクが高くなるので、細心の注意が必要です。ヒトからヒトへの感染を繰り返すことでウイルスが変異する可能性があるため、感染拡大を防ぐのも当然です。

 病院や療養施設内にウイルスを持ち込まれて院内感染を起こすと死亡者を出すことにつながるので、一般の皆さんは無症状の不顕性感染から体力の弱った人へ伝播させることが最も注意すべき点です。インフルエンザのように典型的な症状からの診断・治療法が確立していないので、発病濃厚者は自ら周りと接触しない自主隔離を率先しなければなりません。

■過剰に怖がる必要はないが…

 COVID―19について現在までに判明していることとして、まず「致死率は高くない」という点が挙げられます。全世界で見ると致死率は約2%ですが、中国を除くと0・2%程度です。致死率34%だった中東呼吸器症候群(MERS)、9%の重症急性呼吸器症候群(SARS)よりも格段に低い数字なうえ、死亡者のほとんどは持病がある人や高齢者です。

 また、COVID―19の感染力はそこまで強くはないと考えられます。主な感染経路は感染者の咳やくしゃみによる飛沫感染、ウイルスに汚染された物に触れることによる接触感染とされています。ただ、インフルエンザと比較すると、COVID―19は鼻や喉などの上気道のウイルス量が少なく、肺などの下気道で検出されやすいと報告されています。つまり、それだけ飛沫感染のリスクが低いということです。

 ウイルス自体もマスクを通過する大きさのため、飛沫感染を防ぐという意味では、マスクにそれほど高い効果はありません。マスクはウイルスが付着した手で口を触る行為を防いだり、鼻や喉の粘膜を保湿してウイルスを侵入しにくくするためのものだと考えたほうがいいでしょう。

 感染予防の基本は「手洗い」の徹底で、付着したウイルスを洗い流して体内に入れないことがいちばん重要です。さらに栄養と睡眠をしっかり取ることも効果的で、一般的な風邪やインフルエンザに対する対策と同じといえます。

 もっとも、心臓疾患を抱えている人はより注意が必要です。COVID―19そのものが心臓に悪さをする危険はほとんどありませんが、肺炎を招くことで心臓疾患が重症化して死に至るリスクが高くなってしまいます。インフルエンザもそうですが、ウイルス性疾患は血圧や心拍数をアップさせるため心臓に大きな負担がかかるのです。発熱によって生じる脱水症状も心臓には大敵です。

 また、手足口病などを起こすコクサッキーウイルスのように、ウイルスが心臓の筋肉に感染して炎症を起こす特発性心筋炎を発症しやすくさせる可能性もゼロとはいえません。

 心臓疾患がある人は、先ほどお話しした手洗いなどの感染予防対策に加え、感染者と接触する機会を減らすために、なるべく人混みに近寄らないことや、外国人観光客が多いエリアへの外出も避けたほうが望ましいといえます。

 ちなみに病院側としては、1人でも院内感染者を出すわけにはいきません。スタッフは感染予防(標準予防策+飛沫感染予防策+接触感染予防策)を徹底しているのはもちろん、患者さんの発熱の状況をしっかり確認して、疑わしいと思われる場合は声をかけて、可能性が高ければすぐに隔離します。

 また、受診希望日から14日以内に湖北省、広東省、河南省、湖南省、安徽省、江西省、浙江省、重慶市を訪問した人で、37・5度以上の発熱と咳などの呼吸器症状がある場合は、必ず受診前に相談してもらうような体制を整えています。

 今のところ潜伏期は12・5日までとされています。過剰に恐れることなく、正しい知識のもとできちんと対策を行うことが感染拡大の防止につながります。

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天野篤

天野篤

1955年、埼玉県蓮田市生まれ。日本大学医学部卒業後、亀田総合病院(千葉県鴨川市)や新東京病院(千葉県松戸市)などで数多くの手術症例を重ね、02年に現職に就任。これまでに執刀した手術は6500例を超え、98%以上の成功率を収めている。12年2月、東京大学と順天堂大の合同チームで天皇陛下の冠動脈バイパス手術を執刀した。近著に「天職」(プレジデント社)、「100年を生きる 心臓との付き合い方」(講談社ビーシー)、「若さは心臓から築く 新型コロナ時代の100年人生の迎え方」(講談社ビーシー)がある。

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