がんは陽子線で治す 普通の放射線と何が違う?医師に聞く

小説家のなかにし礼さん(左)や俳優の村野武範さんも完治
小説家のなかにし礼さん(左)や俳優の村野武範さんも完治(C)日刊ゲンダイ

 がんの3大治療法とは、外科手術、抗がん剤などの化学療法、放射線治療のこと。

 最近は、免疫チェックポイント阻害剤などの免疫療法を加えて4大治療法とも呼ばれるが、患者にわかりづらいのが放射線治療だろう。その放射線の中で副作用が最も少ないのが陽子線治療だ。

 普通の放射線との違いを筑波大学医学医療系放射線腫瘍学教授で、ホームページで患者の質問に自ら答えるなど患者本位の診察に定評がある同大付属病院陽子線治療センターの櫻井英幸部長に聞いた。

 陽子線によるがん治療の凄さは、「くいしん坊!万才」などでおなじみの俳優・村野武範さんが2015年に発覚したステージ4の中咽頭がん、作詞家のなかにし礼さんが12年に見つかった「余命8カ月」の食道がんから、生還したことからも明らかだ。

 村野さんは17回、なかにしさんは30回の陽子線中心の治療により、手術なしでがんを消失させた。なかにしさんはその3年後に食道近くのリンパ節にがんが見つかった。このときは手術を受けたが、陽子線も12回受け、再びがんを克服している。

 放射線治療には光子線と粒子線があり、一般的に知られる放射線治療は光子線の代表格であるX線で、陽子線は粒子線のひとつだ。

「X線と陽子線の違いは放射線ががんを突き抜けるかどうかです。X線は体の奥に進むに従ってエネルギーが弱くなりますが、がんを越えて体を突き抜けてしまいます。そのため、がんに強い放射線を当てようとすると、その手前にある正常組織に、がんよりも強い放射線が当たり、がんを通り過ぎた後にある正常な組織や臓器も傷つけます。一方、陽子線は設定した深さに到達したときに最大のエネルギーを放出して停止するという物理的特性があり、ブラッグピークと言います。そのため、がんのある深さに合わせて照射すれば、がんをピンポイントでくりぬくように治療することができます。がんより後ろに放射線が照射されることがないのです」

筑波大学付属病院陽子線治療センターの櫻井英幸部長
筑波大学付属病院陽子線治療センターの櫻井英幸部長(提供写真)
体にも懐にも優しい 誤差のない放射線治療

 また、陽子線治療は年々短期間化が進み、通常のX線治療の半分の期間で治療が進んでいるため、働きながら治療できる。公的保険適用で高額療養費制度が利用できる一部のがんの陽子線治療は1回払いなので費用的にも安くなるという。

 つまり、陽子線治療は体にも懐にも優しい、高い治療効果が得られるがん治療法というわけだが、有効性がとくに認められているのは公的保険適用の小児がんだ。小児は放射線の影響を受けやすく、一定以上照射するとその後の骨の成長、知能発達、内分泌機能などに影響が出る可能性があるうえ、放射線治療後の2次がんの発生リスクが高い。陽子線治療はそうしたリスクを大幅に軽減してくれる。

 子供に安全なら大人にも安全な治療がいいだろう。陽子線が得意とするがんは公的保険適用の骨軟部、頭頚部、前立腺以外に、肺、肝臓、膀胱、食道、膵臓などの原発がん、直腸がん手術後の骨盤内再発や、少数の転移性腫瘍(肝転移、肺転移、リンパ節転移)などがある。

 中高年男性の関心が高い前立腺がんは2018年4月から公的保険の適用となった。

「前立腺がんはX線での放射線治療でも根治可能といわれますが、直腸や膀胱、尿道などの一部に放射線が強く当たるため排尿・排便障害が出る可能性があります。陽子線治療はそれを低く抑えます。筑波大学の成績を含めて両者を比較した研究では、膀胱・尿道の排尿障害がX線治療で5~15%に対して陽子線は3%。直腸障害はX線5%に対して陽子線1%程度でした」

 肺がん治療は放射線照射や化学療法後にオプジーボなどの免疫チェックポイント阻害剤を使う。正常細胞を装っていたがんが周囲の細胞に「自分は異物」と目印を提示するようになり、患者自身の免疫力でがんを叩けるようになるからだ。無駄打ちのない陽子線はそれが強く出るという。「通常の放射線による食道がん治療では、心臓や正常な肺組織へ照射がかかるため影響が避けられません。陽子線治療なら、それが最小限に抑えられます。X線治療を施した2つの研究論文(87例と76例)では心毒性10~15%、胸水10%、肺炎4%でしたが、陽子線治療を施した当センター(67例)ではそれぞれ0%、1・4%、0%でした」

 食道がんにおけるX線と陽子線治療の効果を比較した米国の論文では、生存曲線は陽子線群が上をいく。心臓や肺の毒性が少なく、免疫も侵されないからだ。

 肝臓は放射線に対する感受性が高いため、もともと陽子線治療への期待は高く、現在は先進医療に指定され、公的保険認定のための研究が進んでいる。肝がんの治療には肝切除、ラジオ波焼灼術、肝動脈塞栓術などがあるが、2017年の「肝癌診療ガイドライン」では他の局所療法の適応が困難な肝細胞がんに対して粒子線治療を行ってよいとしている。

 同じく先進医療の対象である切除不能な膵がんは、X線(50グレイ)の全生存率が15・7カ月で、陽子線治療+温熱療法のそれは25・6カ月という研究報告がある。延命効果は明らかだ。

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