がんと向き合い生きていく

“効く”という根拠がない治療を勧めるわけにはいかない

佐々木常雄氏
佐々木常雄氏(C)日刊ゲンダイ

 靴販売店員のCさん(43歳・女性)は、ある病院から診療情報提供書を出してもらって、セカンドオピニオンとして相談に来られました。肺がんの手術を受けた後、胸部X線写真やCT画像では両肺にたくさんの丸い転移がありましたが、何も症状はありません。

 Cさんは、担当医から「もう治療法がない」と説明を受け、それでも何か治療法があるのではないかと期待して来られたようでした。

 診療情報提供書によると、これまでに化学療法、分子標的治療、免疫チェックポイント阻害薬など標準的な治療はしっかり行われていました。たしかに、もう治療法はないのが現状です。

 Cさんは自分でいろいろと調べられ、質問をノートに書き込んで来られました。そして、こんなやりとりをしました。

 ◇  ◇  ◇ 

Cさん「ビタミンC大量療法は?」

「勧められません」

Cさん「免疫療法は? 樹状細胞治療と書いてあります」

「勧めません。その治療は高額なのですか?」

Cさん「高いようです。1回100万円以上かも……」

「本当に効くと期待ができる治療法なら、臨床試験として患者の同意を得て被験者として参加いただき、保険適用に向けて治療結果が集積されます。当然、患者は無料です。高額の治療費はあり得ないと思います」

Cさん「免疫療法は体にやさしいらしいのです。効かないとしてもダメでもともと、少しは延命効果があるのではないかと思ったのですが……。高額でも命には代えられません」

「そう考えるのは、無理もないことかもしれません。でも、そんなわらをもつかむ気持ちにつけ込む心ない人もいるのです。お金儲けに利用されたくはないですよね? 私は、『あなた次第だ。治療を受けたかったら受けたらどうですか?』とは言いません。それでは相談に来られた方に失礼だと思うのです。私は『効かない』と思いますから勧めません」

 ◇  ◇  ◇ 

 免疫療法は、長年たくさんの臨床試験が行われてきましたが、成功したものはありませんでした。近年になって、やっと免疫チェックポイント阻害薬や、白血病のCAR―T細胞を使ったがん免疫治療製剤が出てきたのです。そうした経緯もあって、Cさんが質問された治療法に対し、あれもダメ、これも勧めない――そう言い続けてしまいました。

 それを受けたCさんから「先生の勧める治療法はないのですか?」と尋ねられ、こう答えました。

「すみません。いまはあなたに勧める治療法はないのです。いま行われている臨床試験を探してみましょう。もし条件が合いそうなら、この診療情報提供書を持って、新薬などの治験や臨床試験を行っている病院を訪ねてみましょう」

 Cさんは、がんの拠点病院などに電話して聞いてみるといいます。しかし、もしCさんが入れる臨床試験がなければ、やはり治療法はないということになります。

 私は、Cさんが手術を受けた時のがん組織を使う「遺伝子パネル検査」についてもお話ししました。ただ、遺伝子パネル検査によって効く薬が見つかる確率は決して高くはありません。薬が見つかっても、保険適用でない可能性もあります。それでも、Cさんは検査を担当医にお願いしてみたいとのことで、紹介医への返事に希望されている旨を書くことを約束しました。

「ありがとうございます。こんなに話せて、分かってもらえて良かったです。すっきりしました」 Cさんにそう言われた私は、「え? あれもダメこれもダメで、何も見つかっていないのに、良かった、すっきりしたと本当にそう思えたのだろうか?」と思いながら、「早く新しい治療法が見つかるといいですね。病気が進まないのを願っています。応援しています」と答えました。

 私の方でもさらに治療情報を探すことにして、3カ月後に連絡する約束をしました。Cさんは、にっこりほほ笑んで、うなずいて診察室を出て行かれました。

 でも、やはり寂しそうな後ろ姿に見えました。

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佐々木常雄

佐々木常雄

東京都立駒込病院名誉院長。専門はがん化学療法・腫瘍内科学。1945年、山形県天童市生まれ。弘前大学医学部卒。青森県立中央病院から国立がんセンター(当時)を経て、75年から都立駒込病院化学療法科に勤務。08年から12年まで同院長。がん専門医として、2万人以上に抗がん剤治療を行い、2000人以上の最期をみとってきた。日本癌治療学会名誉会員、日本胃癌学会特別会員、癌と化学療法編集顧問などを務める。

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