進化する糖尿病治療法

糖尿病の3大合併症である「腎症」の考え方が変わってきた

東京慈恵会医科大学の坂本昌也准教授
東京慈恵会医科大学の坂本昌也准教授(C)日刊ゲンダイ

 糖尿病の3大合併症は、糖尿病性腎症、糖尿病性網膜症、糖尿病性神経障害です。残念ながら、これらの合併症は一度発症すると治りません。ただし、早く発見し、治療を行えば、進行を遅らせることができます。それができなかった場合、糖尿病性腎症は人工透析を、糖尿病性網膜症は失明を、糖尿病性神経障害は足の壊疽による切断を招きます。人工透析や足切断は生命予後にも悪影響を及ぼします。

 3大合併症の深刻さについては、知っている人が増えてきました。しかし最近、糖尿病性腎症の考え方が変わってきたことについては、ご存じない人が多いのではないでしょうか? 

 これまで考えられてきた糖尿病と腎臓病の関係は、次のようなものです。それは、「血糖値のコントロールが悪い状態が続く→血管がダメージを受ける→腎臓の中の細い血管が毛糸玉のように丸まった『糸球体』が壊れ始め、タンパクの一種であるアルブミンが微量に尿の中に漏れる→糸球体がどんどん壊れ、アルブミンが尿の中に漏れる量が増える」。

 アルブミンが尿に漏れる量がある一定量を超えると、健康診断では、タンパク尿として検出されます。これが出たら、腎機能の低下を疑います。

 健診では、クレアチニン値も腎機能のチェックに役立ちます。クレアチニンは筋肉の老廃物で、糸球体によってろ過され、尿に混じって体外に排出されますが、糸球体が壊れて腎機能が低下すると、血液中のクレアチニンが増加するのです。

 ただ、タンパク尿もクレアチニンも、異常が出てくるのは糸球体がある程度壊れてから。早期に腎機能を調べるには、健診に含まれない「尿中微量アルブミン検査」で、尿内にアルブミンが微量に漏れ出ていないかをみなければなりません。

 さて、ここまでが、かねて言われていた「糖尿病性腎症」の話。繰り返しになりますが、糖尿病性腎症は、血糖コントロールが悪くて糸球体が壊れて起こる。「微量アルブミン検査で基準値を上回る」「健診などでタンパク尿が出ていたり、クレアチニン値の上昇がみられる」などによって判明します。

■タンパク尿が出ていなくても腎臓が悪い可能性も

 一方、いま指摘されているのが「糖尿病性腎臓病」です。英語では「DKD=Diabetic Kidney Disease」と呼ばれています。このDKDは、「糖尿病性腎症(Diabetic Nephropathy)」のような経過をたどらないものも含みます。「糖尿病が部分的にでも関係する腎臓病」と考えればいいでしょう。

 つまり、従来は「腎機能低下=タンパク尿が出ている/クレアチニン値が高い/微量アルブミン値が高い」だったのが、DKDでは「微量アルブミンも尿タンパクも出ていないが、腎機能が悪い」ケースもあれば、「微量アルブミンも出ていて、タンパク尿も出ていて、腎機能が低下している」というケースもあるのです。むしろ前者のような、典型的な経過をたどらないケースが増えてきています。

 その理由のひとつとして、糖尿病の治療が進んだことが挙げられます。よく効く薬が登場し、血糖のコントロールは比較的うまくいくようになった。しかし、腎機能低下の原因になるのは、糖尿病に限りません。代表的なものでは、高血圧も腎臓にダメージを与えて腎機能低下のリスクを上げます。高血圧の場合は、血圧が高い状態が長く続いたために腎臓の糸球体へ血液を送る細動脈に圧力がかかり、血管内の細胞がそれに反応して増殖し、血管の内腔が狭くなって血流が悪くなり、糸球体が硬化して腎機能が低下します。

 糖尿病の人には高血圧も併発している人が少なくありません。糖尿病のコントロールはうまくいっているけど、高血圧がそうでなければ、腎機能は低下する。腎機能に至る原因が異なるため、タンパク尿が出ない場合も多いのです。

 また、いまは糖尿病で高齢という人も多い。加齢とともに血圧は上昇するので、やはり高血圧の要素が強くて腎機能が低下している人が増えるのです。

 ただ、どの医療機関でもDKDを考慮した治療が行われているかというと、それは疑問です。次回はそれについてお話ししましょう。

坂本昌也

坂本昌也

専門は糖尿病治療と心血管内分泌学。1970年、東京都港区生まれ。東京慈恵会医科大学卒。東京大学、千葉大学で心臓の研究を経て、現在では糖尿病患者の予防医学の観点から臨床・基礎研究を続けている。日本糖尿病学会、日本高血圧学会、日本内分泌学会の専門医・指導医・評議員を務める。

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