緊急企画 新型コロナを正しく恐れる

流行終息やイベント解禁日を推測「感染症数理モデル」とは

新型コロナウイルス感染拡大の影響で、東京ディズニーランドと東京ディズニーシーの休園を知らせる電光掲示板
新型コロナウイルス感染拡大の影響で、東京ディズニーランドと東京ディズニーシーの休園を知らせる電光掲示板(C)共同通信社

 仕事はテレワークを強いられ、子供は学校に行けず、家庭内は不満だらけ。ストレス発散のためのジムや花見に行くのもはばかられる。一体いつになったらこんな生活から解放されるのか? そのカギを握るのが、「感染症数理モデル」だ。

「感染症がどのように伝播し、感染した人がどの程度の期間で発症し、重症化するのかといったプロセスを数式で記述する」ことをいい、これを活用することで、これまでは科学的根拠が十分でなかった感染症対策が、理論的な裏付けのもとに対策の立案や評価を行うことができるという。長浜バイオ大学コンピュータバイオサイエンス学科の永田宏教授に聞いた。

 ◇  ◇  ◇

「新型コロナウイルスの拡大防止で注目を集めているのが、感染症数理モデルです。集団(一つの地域、都市、国など)のなかで、時間経過とともに、感染症がどのように広がっていくかを、数式で表現したものです。感染症の拡大を、どうやったら食い止められるかを考える上で役立ちます」

 ただしモデル自体は、複雑な連立微分方程式で表されるため、今回は数式を使わず、エッセンスだけ、簡単に解説してもらった。

「感染症の拡大防止で、もっとも重要なのが『感染者の再生産』を抑えることです。感染者は病原体(ここではコロナウイルス)を保有していて、それを非感染者(ウイルスに対する抵抗力を持っていない人)にうつす能力を持っています。注意すべきは『感染者は発病者ではない』という点です。ウイルスに感染しても、病気が発症しない(無症状感染)こともあるからです。コロナウイルスでは、無症状感染者でも、感染力を持っているといわれていますが、病気によっては発病しないと感染力が出ないものもあります。その場合は使う数式が違ってきます」

 ただし感染者は、通常は時間が経過すると、免疫が働いてウイルスが駆逐され、回復者となって感染力を失う。亡くなった人も、その時点で感染力が消失する。一方、非感染者が新たに感染者になる(二次感染者)になると、さらなる感染者(三次感染者)を生み出すことになる。

「1人の感染者が、平均何人の非感染者にウイルスをうつすかを『基本再感染数』と呼びます。これは病気の種類によって異なります。麻疹なら20前後(1人の患者が20人にウイルスをうつす)、水痘は10前後、インフルエンザは2~3とされています。基本再感染数が1より大きければ(1人の感染者が1人以上の非感染者にウイルスをうつせば)、感染者は時間とともに増加しますし、大きいほど感染拡大のスピードが速くなります。また1より小さければ、感染は時間とともに終息していきます」

■感染者の隔離や学校閉鎖の効果が計算できる

 そこで基本再感染数を減らすための、何らかの対策が講じられるわけだ。それが「ワクチン」と「隔離」だ。

「一般的に、ワクチン(予防接種)が有効な病気に対しては、ワクチンの義務化ないし勧奨が行われます。それによって非感染者そのものを減らしてしまい、結果的に基本再感染数を1以下に抑えようというわけです。残念ながら、新型コロナに有効なワクチンはまだ存在しませんから、この戦略は使えません。そこで次に有効なのが『感染者の隔離(ないし外出等の制限)』です。非感染者との接触をなくせば、必然的に基本再感染数がゼロになります」 

 実際には、無症状感染者を100%発見することはできない。ただし、できる限り隔離するに越したことはない。現在行われている対策の柱でもある。

「ただし誰が感染者か特定できない場合は、互いにできるだけ近づかない、接触しないことです。新型コロナは飛沫感染と接触感染で広まるといわれていますから、学校の閉鎖や在宅勤務の推進は、有効な施策といえます。特定地域の人の移動を制限することも有効です。感染地域から感染者が出ることを制限できれば、他の地域への拡大を減らせます。武漢、大邱、イタリア北部などで取られている施策ですが、日本では行われていません」

 新型コロナに合わせた感染症数理モデルを作り、微分方程式をコンピューターで数字的に解くと、感染した人口がどんなパターンで再生産されていくかが分かるという。あるいは、現在の感染状況と照らし合わせて、感染者の隔離や学校の閉鎖の効果がどのくらいであったかを、計算することができる。

「もちろん、学校閉鎖の解除や、イベント自粛の解禁がいつになるかも予測できるはずです。ただし、新型コロナの基本再感染数や現在の感染者数、感染者が回復者になるまでの期間など、さまざまな変数を決めなければなりません。それらは実測値をもとに割り出す数字ですが、現状では正確なところが分かりません。さまざまな仮定を設けて決めることになります。またそれによって、計算結果も変わってきます。厚生労働省を中心に、そうした計算が行われているはずです。また海外でも、同様の計算を行っているはずです。しかしいまのところ、具体的な計算結果はどこからも発表されていません。流行がいつごろ終息するのか、東京オリンピックは予定通り開催できるのか、といったことは、まだ推測の域を出ないのが現状です」