上皇の執刀医「心臓病はここまで治せる」

患者を守るためにも医師の「働き方改革」は重要な課題

順天堂大学医学部心臓血管外科の天野篤教授
順天堂大学医学部心臓血管外科の天野篤教授(C)日刊ゲンダイ

 新型コロナウイルス感染症(COVID―19)の騒動が続く中、「テレワーク」という言葉をよく耳にするようになりました。情報通信技術を利用した場所や時間に制約されない働き方のことです。新型コロナウイルスの感染拡大を避けるため、出社せずに自宅で仕事をする自宅利用型テレワークが多くの企業で推奨されました。

 今回の新型コロナウイルスに対しては、医師がテレワークをするわけにはいきませんが、以前から医師のテレワーク支援システムが試されていました。政府が推進している「働き方改革」の一環です。

 医師のおよそ1割は年間の時間外労働が2000時間を超えているといわれています。これは、「過労死ライン」とされる年960時間の2倍以上の数字です。政府は、医師も働き方改革によって「将来的に過労死ラインを下回る水準を目指す」としています。ただ、「患者を救う」という医師の使命や向上心を考慮して、厚労省の計画書では一般的な医師は年間960時間、特定の医療機関の医師、研修医や高度な技術習得を目指す医師には、年間1860時間の時間外労働を認めています。

■過重労働は重大なミスにつながる恐れ

 医師の中でも、われわれ心臓血管外科医は「時間外労働が長い」といわれています。手術が長時間に及ぶケースが多いうえ、容体の急変に備えて術後の患者さんの管理にも時間を費やします。重症の患者さんのために病院に泊まり込んだり、急患が入って休日の予定をキャンセルすることも珍しくありません。加えて、技術の習得や新しい治療法の勉強などにも時間を割いて取り組みます。

 私自身も、かつては手術とその後の管理にほとんどの時間を費やしていました。最近は後輩やチームに患者さんを任せても問題ない状況になっていますが、いまも以前と同じように手術を行っていますし、普段は病院に寝泊まりすることもあります。

 ただ、医師の働き方改革は、取り組むべき重要な課題だと考えています。医師の自殺や精神疾患といった事態を防ぐのはもちろん、医療安全や患者さんを守るという観点から見ても、医療者の過重労働は減らしていかなければなりません。取り返しのつかないような、あってはならないミスにつながるからです。

 加速する高齢化にともなって、近年は患者さんがどんどん重症化していますから、それだけ医師の負担も増えています。だからこそ、なおさら医師の働き方改革が大切なのです。

 順天堂医院でも、勤務時間を把握するためにタイムカードが導入されました。私も日々タイムカードをつけています。また、若手医師の研修時間をなるべく減らすような体制の整備も進んでいます。もし過重労働と判断されると、労働基準監督署から指導が入ります。

 ただ、医師の働き方改革を推進すると同時に、考えなければならない問題も山積みです。中でも、人件費の増額に悩んでいる医療機関は多いでしょう。

 たとえば、順天堂医院のような1000床を超える大学病院では、働き方改革を実践しつつこれまでと同じような医療水準を保つためには、医師の給与だけで年間十数億円ほどの人件費が余分に必要になるといわれます。医師一人一人の労働時間を短くする分だけ、新たな人員を雇う必要があるからです。

 病院経営を考えた場合、それだけの金額が余分にかかるとなると死活問題になりかねません。医療機関によっては、もはやお手上げ……といえる数字です。そのため、今後は医療機関の統廃合も含め、日本の医療体制が大きく変わっていくでしょう。

 医師の偏在や報酬体系の見直しといった課題も合わせ、国民全員で議論していくべき問題だと考えています。

天野篤

天野篤

1955年、埼玉県蓮田市生まれ。日本大学医学部卒業後、亀田総合病院(千葉県鴨川市)や新東京病院(千葉県松戸市)などで数多くの手術症例を重ね、02年に現職に就任。これまでに執刀した手術は6500例を超え、98%以上の成功率を収めている。12年2月、東京大学と順天堂大の合同チームで天皇陛下の冠動脈バイパス手術を執刀した。近著に「天職」(プレジデント社)、「100年を生きる 心臓との付き合い方」(講談社ビーシー)、「若さは心臓から築く 新型コロナ時代の100年人生の迎え方」(講談社ビーシー)がある。

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