人生100年時代の歩き方

眠気、せん妄、失神…意識障害を起こす持病の薬はこれだ

事故当時、現場を調べる群馬県警の捜査員
事故当時、現場を調べる群馬県警の捜査員(C)共同通信社

 ショッキングな判決だった。

 前橋市の県道で2018年1月に乗用車で女子高生2人をはねて死傷させたとして、過失運転致死傷の罪に問われた男性(87)の判決公判が前橋地裁で開かれたところ、男性に無罪が言い渡されたのだ(求刑は禁錮4年6月)。

 事故などの概要は〈自動車事故の流れ〉を参照してほしい。判決の根拠は、「薬の副作用で血圧が下がったことが事故の原因の可能性が高く、予見できなかった」というもの。副作用で血圧低下やめまいなどの意識障害を起こす薬は少なくない。高齢者はなおさらで、いつ自分が加害者になっても不思議はないのだ。

 男性が服用していたのは、排尿障害の薬。排尿障害というと、男性なら前立腺肥大症が典型だ。女性も含めて膀胱が異常な働きをする過活動膀胱もよく知られる。過活動膀胱は、40歳以上の8人に1人が悩むありふれた症状だから他人事ではないだろう。

 中高年ならだれでもかかりうるような病気の薬に、意識障害という見逃せない副作用があるのか。昭和大藤が丘病院泌尿器科の佐々木春明教授が言う。

「前立腺肥大症の薬のうち、タムスロシン(商品名ハルナール)やナフトピジル(同フリバス、アビショット)、シロドシン(同ユリーフ)などのメカニズムは、降圧薬と同じで、ルーツは降圧薬(α遮断薬)です。そのため血圧低下が副作用のひとつ。めまいやふらつきを訴える患者さんは時々いますが、前立腺肥大症の薬だけなら、意識障害を起こすほどの急低下はまれ。降圧剤との併用で作用が重複すると、血圧が下がり過ぎることがあり、要注意です」

 高血圧と前立腺肥大症は、中高年男性なら十分ありうる病気の組み合わせだ。実は、生活習慣病をはじめとする多くの病気の薬で、副作用のひとつに意識障害がある。持病が増えれば、その分作用が重なり、より危険度は増す。

 社会医療診療行為別統計によると、40~64歳は「1~2種類」の服薬が46・6%で、「7種類以上」が10%だが、年齢が上がるにつれて服薬する種類が増加。75歳以上は「1~2種類」が34・1%に減る一方、「7種類以上」が24・8%に増えている。

 では、意識障害のリスクは、どんな病気の薬にあるのか。医薬情報研究所エス・アイ・シーの医薬情報部門責任者で薬剤師の堀美智子氏が言う。

「たとえば糖尿病の薬は低血糖による意識障害を起こすリスクがあって、中でもSU薬とインスリン製剤はその危険性が高い。抗不安薬や睡眠薬もそうで、中でも長時間作用型ベンゾジアゼピン系と呼ばれるタイプは服薬直後に一過性のせん妄が見られたり、薬効が持続して日中の眠気を誘発しやすい。パーキンソン病の薬では、突発性睡眠といって、突然意識を失うような副作用が知られています」

 どれも高齢者がなりやすい病気で、ほかにも腰痛に使われる筋弛緩剤や胃薬などもリスクだという。ベンゾ系の睡眠薬をめぐっては、こんな報告もある。薬を服用していると、意識障害をはじめとする認知機能障害の頻度は、服用していない人に比べて5倍もアップするという。

 テレビを見ていたら、うとうとして気づいたら番組が変わっていた。そんな経験はだれしもあるだろうが、そんな日中の眠気はひょっとすると、薬の副作用かもしれないのだ。

突然フラッとしたら…
突然フラッとしたら…(C)日刊ゲンダイ
複数受診しても「お薬手帳」は一冊に

〈表〉は、厚労省の「高齢者の医薬品適正使用の指針」で高齢者への注意喚起が記された薬のうち、意識障害を起こす恐れがあるものを抜粋した。リスクの高い薬があらゆる診療科にまたがっていることが分かる。

「薬を処方する医師は、自分の専門分野の薬については熟知していても、それ以外の領域については疎いことがあります。それで薬効成分の重複や相互作用が見過ごされると、意識障害を起こすリスクが高まるのです。しかも診察室では、医師から副作用の説明がなされるとは限りません。そんな危険性を少なくするには、お薬手帳は1冊ですべてのかかりつけ医をカバーすること。そうすれば、薬剤師に重複リスクを気づいてもらえます」(堀氏)

 冒頭の裁判で国井恒志裁判長が「無罪とする」と車いすの被告に告げると、傍聴席は静まり返った。判決理由が読み上げられた後、傍聴席から「人を殺して無罪なのか」と大声が上がったという。

「静かに願います」と怒号を制した裁判長は、「事故が起きたのは事実。ただ、被告個人の責任であるというのは真相ではない。同じ悲劇を繰り返さないための無罪判決です」と結んでいる。女子高生の死をムダにしないためにも、せめて受診の際は、お薬手帳を持ち歩くことだ。

〈自動車事故の流れ〉

 男性は18年1月9日の早朝、乗用車を運転中に血圧が急低下。意識障害に陥り、対向車線の路側帯を自転車で走っていた女子高生2人をはねた。うち1人は死亡し、もう1人は脳挫傷などの大けがを負っている。

 国井恒志裁判長は、被告に低血圧やめまいの症状があったことを認めながらも、医師から薬の服用で低血圧などの副作用が起こることを説明された証拠がなく、「意識障害が生じることを予見することはできなかった」と結論づけている。

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