パンデミックの基礎知識 人間同士の感染を止めても根絶できない

新型コロナ対策でマスクを着用する人々
新型コロナ対策でマスクを着用する人々 (C)日刊ゲンダイ
新型コロナは始まりに過ぎない!?

 よもや起きることはない、と考えられてきたウイルス感染症によるパンデミック(世界的大流行)。今回の新型コロナウイルス災禍でわかったことは、どんなに高度な医療や向上した公衆衛生をもってしても防げない未知なるウイルスが存在し、人類はその脅威に常にさらされているということだ。しかも、その脅威は増すばかりだという。なぜか。「弘邦医院」(東京・葛西)の林雅之院長に聞いた。

■動物種を超え始めたウイルス感染症

 本来、動物は牛や馬、豚や羊のようにその種ごとにウイルス感染症を持っている。そのため原則的にはある動物のウイルスは人間やその他の動物には感染しない。ウイルスには、ある動物の細胞には結合できるが別の動物のそれには結合できない、〝種の壁〟とも言える「特異性」があるからだ。

「この特異性を決める最大の要因が細胞の表面にあるレセプター(受容体)です。細胞という家の中に入るための鍵穴で、それに適合した鍵を持つウイルスしか細胞内に侵入できないのです」

 特異性を形成するもうひとつの要素が「体温」だ。多くのウイルスには増殖するのに適した温度がある。ウイルスは自身を複製するときに宿主である人や動物の酵素群を使うが、それが働きやすい温度があるためだ。

「例えば鳥インフルエンザの増殖に適した温度は、鳥の平均体温である42度と言われています。ウイルスが感染し増殖に必要な酵素が活発になる温度だからです。人間のそれは36度で増殖効率が悪い。だから、鳥から感染したとしてもその後人から人へうつすほどの感染力を持ちえないのです」

 ところが、ウイルスは物凄い速度で変異している。ウイルスによっては1年間で1000代も代替わりしていて、それは人間に例えると約3万年に相当し、クロマニョン人から現代人に進化するほどの代替わりになるといわれている。

 その結果、あるウイルスは変異を繰り返すうちに犬や猫には感染するが人間には感染しない能力を獲得し、別のウイルスは人間だけに感染する能力を持つようになる。中には人間といくつかの動物に感染する能力を獲得する。それが人獣共通感染症だ。A型インフルエンザは最大の人獣共通感染症で、人間、鳥、豚、虎、クジラ、アザラシなどさまざまな動物に感染する。つまり、種を超えて感染拡大していくのだ。その結果、動物によっては、さまざまなウイルスに感染し、体内でさまざまな遺伝子が混ざり合う、混合容器のような働きをすることになる。例えば豚だ。

「豚の平均体温は39度でちょうど鳥と人間の中間に位置し、しかもヒトインフルエンザウイルスが人間の細胞内への侵入口となるレセプター(受容体)と鳥インフルエンザウイルスのレセプターの両方を持つ。つまり、ある豚が鳥と人間のふたつのインフルエンザに同時感染することで、豚の体内で遺伝子が混ざり合う『遺伝子再集合』や『突然変異』が起こり、人間の体温でも感染拡大する新型インフルエンザが登場する可能性がゼロではないのです」

 実際、豚にはさまざまなウイルスが感染していることがわかっている。従来なかったようなウイルスも発見されており、2009年の新型インフルエンザは豚から人間にうつり、感染拡大したことが報告されている。

「こうして誕生した人獣共通感染症はほぼ根絶が不可能です。病原体となるウイルスの人同士の感染を抑えられたとしても、動物へ感染し時期を見て再び人間に感染するからです。エボラ出血熱、MERS(中東呼吸器症候群)、ラッサ熱、SARS(重症急性呼吸器症候群)、HIV(後天性免疫不全症候群)などいずれも動物から人間にもたらされた人獣共通感染症です。その中には流行が下火になった後に再び猛威を振るったジカ熱のような病気もあります」

2014年に鳥インフルエンザが確認された養鶏場
2014年に鳥インフルエンザが確認された養鶏場(C)共同通信社

■地球温暖化が拍車をかける

 人類が未知のウイルスと遭遇する確率が増している理由はそれだけじゃない。地球の温暖化も問題だ。ウイルスを媒介する蚊の活動地域が広がり、ウイルス感染症の感染地域が拡大していることに加え、永久凍土が溶けつつあるからだ。

「シベリアの永久凍土が溶けて、そこから未知のウイルスが放出されるリスクがささやかれています。実際、2003年以降4例の古代ウイルスが発見されていて、2014年にピソウイルス、2015年にモリウイルスと呼ばれる、巨大ウイルスが発見されている。いずれも人間には感染しないことがわかっていますが、今後は人間に感染するウイルスが出現しないとはいえないのです」

 また、凍土に閉じ込められた、過去の毒性の強いウイルスが再び目を覚ます可能性がある。そのひとつが天然痘だ。世界保健機関(WHO)が1980年に根絶宣言したが、シベリアで見つかった17世紀の病人の遺体から天然痘ウイルスのDNAが発見されたことが報告されている。

■ウイルス感染症はなぜ感染拡大するのか

 それにしても、病の皇帝「がん」を手なずけるほどの高度な医療技術を持ち、公衆衛生も向上しているのに、なぜ人類を脅かすウイルス感染症は増えているのか? 

「かつてないほど人類が動物との距離を縮めたことが原因だと言われています。都市化が進み、動物しか住んでいなかった山の中にも人が住むようになったため、すみかを失ったコウモリがウイルス入りの糞尿を住宅地にばらまいていることも報告されています。また、人口の急増で動物性タンパク質の食料の需要が急増したことで、狭い場所に多くの豚や鳥などが飼われるようになり、そこに病原性の高いウイルスに侵された鳥の死骸を食べたイノシシなどが侵入して一気に病気を拡大するなどの現象が起きているのです」

 しかも、以前は動物から人に感染しても都市化が進んでおらず交通も不便だったため人から人へ感染するには時間がかかり、それまでに対策が取られたが、いまは都市化に加えて鉄道や航空機により大量高速輸送が可能になり、ウイルスも人間も移動がラクになり、人から人への感染が容易になった。そのため、感染爆発の危険度が増しているのだという。

「いまは、人間と動物、地球環境も含めて、『ワン・ワールド・ヘルス』という考え方を持たなければ人類は健康に過ごせません。私たち人間はともすれば、他の動物よりもワンランク上の特別な存在と思いがちですが、ウイルスにとってはとりつくための種のひとつ、宿主のひとつに過ぎません。人獣共通感染症を引き起こすウイルスによるパンデミックが頻発していることを考えれば、動物を含めた感染症対策が必要だということです。そうでなければ人類はウイルス感染症との戦いに敗れてしまいかねないのです」

 猛威を振るう新型コロナウイルスの対策にこの考え方は取り入れられているのだろうか?

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