Dr.中川 がんサバイバーの知恵

菅原文太もS・ジョブズも ピンピンころりとがんで死にたい

スティーブ・ジョブズ(左)と菅原文太
スティーブ・ジョブズ(左)と菅原文太(C)共同通信社

 新型コロナウイルスの感染者は、8割が軽症、あるいは無症状で済む一方、2割は重症化するといわれます。怖いのは、発症から亡くなるまでのスピードがとても速いこと。その恐ろしさは、コメディアンの志村けんさん(享年70)の訃報で強く思い知らされました。

「入院中の対面が許されず、感染予防のため火葬場にも行けなかった」とは、志村さんの兄・知之さんの言葉。新型コロナで亡くなると、死に水を取ることさえかなわない可能性があるということです。

 感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律第30条によると、家族が一類、二類、三類または新型インフルエンザ等で亡くなった場合、遺体の移動の制限・禁止、火葬の原則、24時間以内の火葬が定められています。分かりやすくいうと、自宅に連れて帰れず、病院から直接、火葬場に向かうため、家族や友人と最後の時間を過ごすこともできないのです。

 日本人の理想の死生観は、「ピンピンころり」といわれます。亡くなる直前まで元気でピンピンしていて、あるときころりと逝くこと。死ぬことをあまり意識していないので、死の恐怖とは無縁です。

 しかし、新型コロナによる肺炎が重症化して息を引き取る場合はどうでしょうか。突然、隔離され、最愛の家族や仲間とも会えずに最期を迎えるのです。強い恐怖を感じるはず。その過程はピンピンころりでも、理想とは違います。

 その点、がんによる死はどうでしょうか。がんはピンピンころりとは逆に、少しずつ死に向かっていく病です。一番の特徴は、死期を予見できることにあります。がん専門医として多くの患者さんを診ていますが、もう治らないという段階になっても、多くは年単位の時間が残されています。がんは、「人生の仕上げの時間」を与えられる病気でもあるのです。

 多くのがんは、末期まで症状が出にくく、きちんと病気をフォローしていれば、仕事や生活が妨げられることはありません。末期になると、症状のひとつとして痛みが出ますが、欧米のようにしっかりと医療用麻薬を使うと、痛みを最小限にすることができます。

 膀胱がんを患っていた俳優の菅原文太さんは私が陽子線治療をお勧めしたご縁もあり、6年前に息を引き取る1カ月前に夕食に誘っていただきました。痩せてはおられましたが、背筋を伸ばして食事されていた姿が印象的です。

 野球解説者の大沢啓二さんも私の患者さんでした。10年前に胆のうがんで亡くなるまでテレビ出演を続け、「あっぱれ」「喝!」と声をあげていたのは、皆さんもご存じでしょう。番組のキャスター・関口宏さんをはじめ共演者の方々も、大沢さんが末期がんとは、知らなかったそうです。

 尊敬するアップル社の創業者スティーブ・ジョブズもしかり。9年前にすい臓がんで息を引き取る前日まで仕事をしていたといいます。

 がんときちんと向き合えば、最期まで人生をまっとうできるのです。新型コロナの感染拡大で、改めて思います。ピンピンころりとがんで死にたい、と。

中川恵一

中川恵一

1960年生まれ。東大大学病院 医学系研究科総合放射線腫瘍学講座特任教授。すべてのがんの診断と治療に精通するエキスパート。がん対策推進協議会委員も務めるほか、子供向けのがん教育にも力を入れる。「がんのひみつ」「切らずに治すがん治療」など著書多数。

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