新型コロナで知っておきたいこと ウイルス・ゲノム学者に聞く

京都大学ウィルス・再生医科学研究所の宮沢孝幸准教授(左)と東海大学医学部の中川草講師
京都大学ウィルス・再生医科学研究所の宮沢孝幸准教授(左)と東海大学医学部の中川草講師(提供写真)

 中国の湖北省・武漢で患者41人がナゾの肺炎を発症し、その原因が「新型コロナウイルス」だと確認されてから4カ月。犠牲者は増えるばかりだ。新型コロナウイルスとは一体何者なのか? 京都大学ウイルス・再生医科学研究所の宮沢孝幸准教授と東海大学医学部の中川草講師に話を聞いた。

【1】新型コロナウイルスはかなり巧妙ですね。どのようにできたのでしょうか? 一部では人工的につくられたという話もありますが。

中川 新型コロナウイルスがヒトに感染するには、ヒトの細胞の表面に存在するタンパク質(ACE2受容体)にウイルスのスパイクタンパク質(Sタンパク質)が結合した後、ウイルス外膜と細胞膜の融合を起こす必要があります。その際に、新型コロナウイルスのSタンパク質がヒトの細胞のタンパク質分解酵素で切断されなければなりません。このSタンパク質について、新型コロナウイルスはSARSウイルスと比較して、ヒトに感染し、流行する上で有利とみられるような特徴をいくつか持っています。そのこともあり、人為的に合成されたウイルスなのではないかという、いわゆる陰謀論も一部にみられます。しかし、現在までこの陰謀論を支持するデータはありません。新型コロナウイルスのSタンパク質は、SARSウイルスとは異なったタンパク質分解酵素でも切断され、ウイルスが感染できる状態になります。一方、その他のコロナウイルスの中にも、新型コロナウイルスと同じように複数のタンパク質分解酵素で切断できるものも存在します。また、ヒトのACE2受容体と相互作用しやすくなっている変異は、センザンコウという生き物で見つかったコロナウイルスにも見つかっていて、ヒト以外の生物でも相互作用が強くなっていることが示されています。そのため、人為的につくられたウイルスではないだろうと考えるのが自然ではないでしょうか。

【2】新型コロナウイルスの変異が速く、病原性が増しているというのは事実ですか?

中川 新型コロナウイルスの変異が蓄積する速度は、その他のコロナウイルスと同じで、特に速くはありません。ウイルスはDNAウイルスとRNAウイルスに大別され、新型コロナウイルスやSARSコロナウイルスはRNAウイルスです。RNAウイルスは塩基配列が変わりやすく、変異が蓄積する速度はヒトの核ゲノムのDNAと比べて100万倍速いといわれています。一方で、RNAウイルスでもコロナウイルスは校正修復機構があり、組み換えで変異が戻る現象もあることから、一般的なRNAウイルスに比べると変異しにくいと考えられます。

 事実、英国エディンバラ大学の研究者らの報告では、新型コロナウイルスの進化速度は、SARS、MERSと比較して、ほぼ同じで新型コロナウイルスのRNAゲノムに1年間で蓄積される塩基変異は3万個の塩基のうち24個程度と推定されています。

宮沢 必ずしも変異を繰り返せば病原性が強くなるのではありません。逆に弱くなるのが一般的です。ウイルスは宿主がいなければ生きられませんから、宿主に嫌われないよう変異しているのです。変異して強い病原性を持つウイルスは取り付く宿主を失って短期間で勢いを失います。病原性が弱いウイルスと共存する場合は、弱いウイルスが優位になることが多いのです。

【3】各地で変異が見つかっていて、さまざまな型が発表されていますが、その意味は?

中川 新型コロナウイルスがその塩基変異からS型、L型と2つに分類できて、L型が強毒化したウイルスだとの研究論文があり注目されました。この研究も実験的な検証がなく、さまざまな研究者からの反論を受けて、現在では論文の著者らもL型が「強毒化している」との表現は誤りだったと認め、論文は修正されました。他の研究グループもさまざまな型を独自に定義したりしていますが、現在のところ、新型コロナウイルスの突然変異による分類は、毒性の違いではなく、ウイルスの由来を示すものに過ぎないと考えられます。

新型コロナウィルスの電子顕微鏡写真
新型コロナウィルスの電子顕微鏡写真(提供)米国立アレルギー感染症研究所

【4】ウイルス陽性だった人が陰性になり、再び陽性になるケースが報告されています。これは再感染ですか? そ
れとも再活性ですか? あるいは一人の人がインフルエンザのA型、B型にかかるように型の違いによるものですか?


宮沢 再感染ではないと思います。検査に問題があった可能性もありますが、恐らくは気道からは姿を消したウイルスが腸管など他の臓器に隠れていて、何かの拍子に再活性化して戻ってきて検知されたのでしょう。実際、咽頭で消えた新型コロナウイルスが腸管で見つかったケースが多数報告されています。そもそも動物のコロナウイルスは持続感染しやすく、体内から完全にウイルスが消えないものが多いのです。猿でウイルスが感染後完全に消えたという研究がありますが、4頭の結果ですから普遍性があるとは思えません。動物コロナウイルスが厄介なのは抗体ができても体内のウイルスがすべて消えるわけでなく、他の個体に感染させる力を持ち続ける場合があることなのです。再感染はありえますが、その場合は1カ月程度で免疫の効力が失われるとは考えにくいのです。また、新型コロナの場合、型が表す塩基配列の違いは、今のところそれほど大きくありません。現時点で型ごとに感染する可能性は低いと思います。

【5】ウイルスが物体に付着した場合、銅などの金属は数時間、段ボール紙は1日、プラスチックやステンレスは3日以上存在するといわれますが、本当ですか?

宮沢 恐らく実験では100万個くらいのウイルスの固まりを使っていたはずです。ウイルスが存在していることと感染力があることは違うことを知っておくべきです。ヒトを相手に実験できない以上、どのくらいのウイルスを浴びれば感染するのか、のデータはありません。ただ、他のコロナウイルスの実験例では100万個を動物に浴びせたり、気管などに噴霧したりします。私の感覚では一度に1万個以上のウイルスを含む飛沫を直接浴びるか、飛沫が出た直後に手で触り、口や鼻の奥に直接突っ込まない限り感染は難しいと思っています。ウイルスは非常に弱く感染可能な細胞に取り付かなければ次々と死んでしまうからです。私たちが感染実験で苦労するのは十分量のウイルスを集めることなのです。

【6】だとすると手洗いや消毒に完璧を目指す必要はない?

宮沢 私はそう思います。せっけんでしっかり手洗いしてエタノール消毒するというのは完全に細菌を殺したい人の発想でしょう。私は、手洗いは水で10秒、15秒洗うだけでも有効だと思います。多少洗い残しがあってもその時点ではヒトに感染できるだけのウイルスの個数は残っていないと考えるからです。室内清掃もエタノールをキッチンタオルにつけて拭き取るだけで十分です。“それだと飛沫を薄く引き伸ばすだけで終わるのではないか”と疑問を持つ人がいるかもしれません。しかし、私はそれで良いと思います。引き伸ばされた場所を触っても、手に付着したウイルスの量は飛沫をそのまま触るよりも激減しているからです。しかも、ウイルスはタンパク分解酵素などでどんどん死んでいき、細胞に感染するための入り口となる受容体にたどり着くことは難しいと考えられます。とにかくウイルスをゼロにすることに神経質になる必要はありません。頻繁に手洗いしましょう。

▽中川草(なかがわ・そう) 東海大学医学部分子生命科学講師。国立遺伝学研究所博士研究員、ハーバード大学客員研究員を経て現職。日本進化学会研究奨励賞などを受賞。

▽宮沢孝幸(みやざわ・たかゆき) 京都大学ウイルス・再生医科学研究所附属感染症モデル研究センターウイルス共進化分野准教授。日本獣医学会賞、ヤンソン賞などを受賞。小動物ウイルス病研究会、副会長。

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