死なせる医療 訪問診療医が立ち会った人生の最期

政府は推進しているが…「在宅死」は理想の死に方なのか

小堀鷗一郎氏(C)日刊ゲンダイ

 超高齢社会に突入した日本では、膨張する医療費を抑えるため、病院医療よりも安価な在宅医療への切り替えを推進している。

 こうした政府の動きに合わせるように近年は、自宅などの住み慣れた生活の場で家族に見守られて最期を迎える在宅死こそが、自分らしく理想的な死に方だと考える人も多くなってきた。しかし、小堀さんはこう話す。

「在宅死が理想の死かと問われれば、必ずしもそうとは限りません。どこで死ぬのがベストなのかは人それぞれ。どのように体が弱っていくかによっても選択が違ってきます。誰にでも当てはまる正解はありません。穏やかな死を実現するためには在宅が良くて病院が悪い、といった世評が高まるのは、短絡過ぎると思います」

 10年近く前、ある週刊誌で著名人100人が最後に頼った病院はどこかを特集したことがあった。それによると石原裕次郎は慶応病院、美空ひばりは順天堂医院という具合で、99人までが病院で最期を迎えていた。ただ1人、作家の井上ひさしだけが、亡くなる前に自宅に戻ったという。

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小堀鷗一郎

小堀鷗一郎

1938年、東京生まれ。東大医学部卒。東大医学部付属病院第1外科を経て国立国際医療センターに勤務し、同病院長を最後に65歳で定年退職。埼玉県新座市の堀ノ内病院で訪問診療に携わるようになる。母方の祖父は森鴎外。著書に「死を生きた人びと 訪問診療医と355人の患者」(みすず書房)。

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