上皇の執刀医「心臓病はここまで治せる」

感染拡大で手術を受けた患者からの問い合わせが増えている

天野篤氏
天野篤氏(C)日刊ゲンダイ

 新型コロナウイルスの感染拡大で、一般の患者さんの不安も大きくなっています。

 最近いちばん多い問い合わせは、以前に心臓手術を受けた患者さん、もしくは経過観察中の手術予備群の患者さんたちから電話で寄せられる「もし自分が新型コロナに感染して重症化したら、先生にしっかり面倒を見てもらえますか?」という質問です。

 そんな問い合わせに対しては、すべて等しく「受け入れの体制はできていますから大丈夫ですよ」と言うことしかできません。いわゆる「ムンテラ」(ムントテラピー=病状や病気について話術を用いて説明する医療行為)ですから、それ以上のことは何も言えないのです。

 そうした患者さんたちのほとんどは、いまは症状が安定していて問題なく日常生活を送れています。しかし、さまざまなメディアで毎日のように「持病がある人は新型コロナ感染で重症肺炎になりやすく死亡率が高い」というメッセージが発信されているため、それを目にするたびに不安が募る一方だといいます。患者さんはまさに“当事者”ですから、「あ、これは自分のことじゃないか……」と感じ、「感染したら死んでしまう」という発想に直結させる傾向があるのです。

 たしかに、心臓に持病がある場合は重症化するリスクは上がりますが、症状が安定していて大きなトラブルもない状態であれば、過剰に不安になる必要はありません。もちろん、感染しないことが何より重要ですから予防策は徹底すべきですが、「死ぬかもしれない」といたずらに右往左往して、怯えながら毎日を過ごすのはかえってマイナスです。

 志村けんさんをはじめ著名人が亡くなったという報道が相次いだり、緊急事態宣言の後で「最初は症状が軽かった人が急激に悪化して死亡」といった経験談が多く伝えられ始めて以降、患者さんからの問い合わせが急増しました。

■手術を控えて不安がる声も

 このような悲報を通じたメディアの社会的な“メッセージ”は、新型コロナウイルスを軽視していた人々の意識を引き締める意味では効果があったといえるでしょう。一方で、ただでさえ警戒していた人に必要以上の不安を抱かせてしまったという側面もあります。

 前回もお話ししたように、新型コロナウイルス患者に対応する専用病棟を設置したことにあわせ、いまは一般の診療や手術の件数を通常の70%程度まで絞り込んでいます。手術するのがベターとはいえ、“待てる”時間がある患者さんには、不公平にならない形で納得してもらって延期している状況です。逆に言えば、いまのタイミングで手術する必要がある患者さんもいるということです。それでも、手術が予定されて準備していた患者さんの中には、「こんな時期に手術しても問題ないのか」といった不安を訴える方もいらっしゃいます。そう感じるのも当然でしょう。

 そうした患者さんに対しては、納得してもらえるまでリスクについて説明を繰り返します。実施している感染症対策をはじめ、なぜいまのタイミングで手術が必要なのか。新型コロナが心配なのも無理はないが、いまの心臓の状態を考えると手術を延期することで突然死リスクが高くなってしまう……といったお話をしています。

 予定通りに手術をするかしないかは最終的には患者さんが決めることで、あくまでも患者さんの意思が尊重されます。患者さんに納得いく決断をしてもらうためには、しっかりとリスクを共有しておかなければなりません。もちろん、手術が決まれば万全の態勢で臨みます。

 現在、入院中の患者さんからも不安の声が聞こえてきます。しかし、入院患者さんは、入院治療によって健康不安を取り除く必要がある方ばかりです。そうした患者さんの中には、自宅で療養するにしてもいまは十分な食事がままならなかったり、生活必需品も入手しづらくなっていることで、症状の再発を来せばより危険な状態に移行する可能性が高い方もいらっしゃいます。特に高齢者の心不全症例ではフレイルが関与することも多く、心臓リハビリを継続することで再発防止効果を得ることができるのです。

 医療機関が診ているのは、新型コロナの患者さんだけではありません。すべての患者さんが安心して医療を受けられるような体制の維持が求められます。

■好評重版 本コラム書籍「100年を生きる 心臓との付き合い方」(セブン&アイ出版)

天野篤

天野篤

1955年、埼玉県蓮田市生まれ。日本大学医学部卒業後、亀田総合病院(千葉県鴨川市)や新東京病院(千葉県松戸市)などで数多くの手術症例を重ね、02年に現職に就任。これまでに執刀した手術は6500例を超え、98%以上の成功率を収めている。12年2月、東京大学と順天堂大の合同チームで天皇陛下の冠動脈バイパス手術を執刀した。近著に「天職」(プレジデント社)、「100年を生きる 心臓との付き合い方」(講談社ビーシー)、「若さは心臓から築く 新型コロナ時代の100年人生の迎え方」(講談社ビーシー)がある。

関連記事