ウイルスは、細胞に感染しないと増殖することができず、単独では存在し得ない。このことから、ウイルスは生物といえるのかという論争が古くからあった。この命題に対する答えは難しいが、私の答えは、「ウイルスは生物の一部」である。
生物はタンパク質でできているが、その設計図である遺伝情報を生物は皆もっている。私たちは遺伝物質としてデオキシリボ核酸(DNA)を使っている。私たちの細胞はそのDNAから、タンパク質の設計図の必要な部分、手順書をコピーする。コピーされる物質はリボ核酸(RNA)と呼ばれるものである。RNAはタンパク質の合成が終われば、細胞の中で分解され消滅する。
ウイルスは、遺伝物質として、DNAもしくはRNAをもっている。前者を「DNAウイルス」、後者を「RNAウイルス」と呼んでいる。遺伝物質としてどちらを選んでも本質的な差はないけれども、大きな違いは、遺伝情報の安定性である。一般的に、RNAウイルスの方が変異スピードは速い。宿主である動物の細胞のDNAに書きこまれている情報は非常に安定であるが、RNAウイルスは宿主動物のDNAのおよそ100万倍のスピードで変異していく。
コロナウイルスは、「RNAウイルス」である。RNAウイルスは、遺伝情報として、「一続きのRNAをもっているもの」と、「遺伝情報を分割してもっているもの」がある。後者を「分節型RNAウイルス」と呼び、インフルエンザウイルスがその代表である。分節型RNAウイルスは、分節を他のウイルスと入れ替えることによって大きく変化する。
コロナウイルスは、一続きのRNAを遺伝情報としてもっている。その長さは、RNAウイルス随一で、多くの遺伝子が含まれる。つまり、コロナウイルスは、もっとも複雑で賢いRNAウイルスのひとつなのである。
(つづく)
研究33年ウイルス学者が語る新型コロナ