上皇の執刀医「心臓病はここまで治せる」

負担の少ないハイブリッド手術で高齢者を救えるようになった

天野篤氏(C)日刊ゲンダイ

 これまで何度かお話ししてきましたが、医療の進歩によって、以前なら難しかった80歳を越えるような高齢患者さんの手術が今は可能になっています。

 先日も、大動脈弁狭窄症と狭心症があった86歳の男性に対し、心臓血管外科と循環器内科が一緒に手術を行う「MIDCAB/TAVI」(ミッドキャブ・タビ)というハイブリッド手術を実施しました。

「MIDCAB」(低侵襲冠状動脈バイパス手術)というのは、左の乳房の下を小さく切開して左内胸動脈を取り出し、その血管をバイパスとして詰まった冠動脈の先に縫い合わせる外科手術です。オフポンプ=人工心肺を使わずに心臓を動かしたまま行うので患者さんの負担が少なく、傷口も小さくて済みます。

「TAVI」(経カテーテル大動脈弁留置術)は、大動脈弁狭窄症によって壊れた弁に対し、カテーテルを使って人工弁を留置する内科治療で、こちらも人工心肺は使わない低侵襲治療のひとつです。主に80歳以上の高齢者が対象になります。

 開胸手術を実施できる空気清浄度を保った手術室と高解像度の心血管撮影装置を組み合わせたハイブリッド手術室で、この2つの治療を1回の手術でいっぺんに行います。

■大動脈弁狭窄症と狭心症を同時に治してトラブルを残さない

 MIDCABとTAVIを同時に行うメリットは、大動脈弁狭窄症と狭心症の両方をしっかり治すことで、術後の心臓トラブルを防げる点にあります。大動脈弁狭窄症は動脈硬化が大きな原因で、動脈硬化による冠動脈の狭窄は狭心症も引き起こします。大動脈弁狭窄症が招く症状のひとつが狭心症でもあるので、どちらか一方だけを治療しても心臓にはトラブルが残ってしまいます。術後に心臓の収縮が回復しても、血管の狭窄が残っていれば発作を起こしやすくなり、弁の狭窄を残すと心不全につながります。両方を同時に改善することで、心臓が不安なく正常に回復するのです。

 また、どちらの治療も人工心肺を使わないオフポンプで実施できることも患者さんの負担を小さくします。手術の際、心臓の拍動を止めている時間が長ければ長いほど、患者さんは強いダメージを受けます。血液の流れを人工心肺などで体外循環に変えてしまうと、どうしてもさまざまなトラブルが起こりやすくなるのです。血液の一部が破壊されたり、赤血球の寿命が通常よりも短くなったり、心臓のような拍動がない無拍動流と呼ばれる循環によって少なからず臓器障害が出てしまいます。免疫反応が変化して合併症を招くリスクもあります。

 一方、心臓を止めずにオフポンプで手術を行うと、患者さんの負担が減って術後の回復が早くなるというデータが出ています。全身状態が衰えている高齢者は、負担に耐えきれないために手術ができない場合が多いので、MIDCAB/TAVIはうってつけの手術といえるでしょう。

 冒頭でお話しした86歳の患者さんは、まずMIDCABで冠動脈バイパス手術を行い、止血などの安全性を確認した後でTAVIに移り、太ももの付け根からカテーテルを挿入して弁を交換しました。

 バイパスする冠動脈を探し当てる操作に時間を要した関係で、総手術時間は4時間30分くらいかかりましたが、患者さんは翌日から歩行できるようになり、問題なく過ごされています。負担が少ないMIDCAB/TAVIだからこその結果といえるでしょう。 

 TAVIが登場していなかった頃であれば、おそらくこの患者さんは手術に回ってくることはなかったはずです。冠動脈の狭窄をカテーテルによるステント治療で改善して、大動脈弁狭窄症は薬物治療などで様子を見るという方針になっていたでしょう。

 TAVIの治療費は約600万円(後期高齢者では1割負担の60万円で、高額療養費制度で5万7600円まで負担が減じられる。ただし現役並みの所得がある場合は例外)と高額で、適用などについて議論があるのは事実です。それでも、これまであきらめていた高齢の患者さんにとっては、文字通り「救い」となる医療の進歩といえます。

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天野篤

天野篤

1955年、埼玉県蓮田市生まれ。日本大学医学部卒業後、亀田総合病院(千葉県鴨川市)や新東京病院(千葉県松戸市)などで数多くの手術症例を重ね、02年に現職に就任。これまでに執刀した手術は6500例を超え、98%以上の成功率を収めている。12年2月、東京大学と順天堂大の合同チームで天皇陛下の冠動脈バイパス手術を執刀した。近著に「天職」(プレジデント社)、「100年を生きる 心臓との付き合い方」(講談社ビーシー)、「若さは心臓から築く 新型コロナ時代の100年人生の迎え方」(講談社ビーシー)がある。

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