上皇の執刀医「心臓病はここまで治せる」

外出を控えて運動不足になると心臓にとって大きなマイナス

天野篤氏
天野篤氏(C)日刊ゲンダイ

 緊急事態宣言は解除されましたが、まだテレワークが続いていたり、外出は控えて自宅でおとなしく過ごされている人も多いでしょう。

 そうした環境で長い間生活することは心臓にとってマイナスになりかねません。普段よりも大幅に運動量が減ってしまうからです。

 心臓を強くするには、負荷をかけ過ぎない程度の「適度な運動」が最も大切です。適度というのは、「心拍数が130を超えずに体幹の筋肉の有酸素運動を繰り返す」といった程度が目安になります。体を動かすと、心臓はより多くの血液を体中に送り出そうとして、普段より活発に働きます。心臓自体も筋肉でできているので、適度な負荷がかかることによってある程度は鍛えられるのです。ほとんど運動せずに心臓をサボらせている人は、加齢によって筋力が衰えてくると心筋も薄っぺらくなり、ポンプ機能やペースメーカー機能も衰えてきます。それくらい、心臓の健康にとって運動は重要なのです。

 とりわけ高齢者の場合、運動量の低下は「サルコペニア」のリスクをアップさせます。「加齢性体力低下症」とも呼ばれ、加齢と運動機能の低下によって骨格筋量が減少して筋力が低下し、身体機能が衰えてしまう病態です。

 外出自粛期間中、会社員の1日の平均歩数は9000歩から約2700歩まで激減していました。高齢者は新型コロナウイルス感染症でハイリスクと言われ、ほとんど外に出ない人も多かったでしょうから、もっと歩数が減っているかもしれません。1日の歩数が6000~7000歩未満の人は、8000~9000歩以上の人よりもサルコペニアになるリスクが2~3倍高くなり、女性で4000歩未満の生活を5年継続して75歳を越えると、80%以上の方がサルコペニア予備群になっているというデータがあります。運動量の低下はサルコペニアにつながるのです。

 サルコペニアは心臓にも悪影響を与えます。サルコペニアの度合いが高い心不全患者は、再入院や死亡率が高くなるという報告がありますし、中等度の心臓弁膜症が重症化してしまうケースもあります。心臓も筋肉だから、筋肉量が減少するサルコペニアによって衰える……というわけではありません。心臓が送り出す血液の“受け皿”である全身の筋肉量が減少してしまうと、心臓疾患そのものの状態は変わっていなくても、表れる症状は悪化してしまうのです。

 また、筋肉には、臓器の働きを維持するために重要な生理活性物質を分泌させる内分泌器官としての役割があり、サルコペニアによってその役割が失われてしまうことで心臓の機能が悪化するという見方もあります。いずれにせよ、サルコペニアで筋肉量が減少すると体全体のバランスが崩れ、心臓にも影響してくるのです。

■この機会に家庭血圧をきちんと測っておく

 負荷をかけ過ぎない適度な運動量を把握するためのいちばん簡単な目安は「心臓がバクバクする手前の運動量」になります。高齢者にとっては散歩が最適でしょう。それでも外出は不安だという人は、自宅でできるストレッチでもラジオ体操でも構いませんから、定期的に体を動かすよう意識してください。ただし、心臓を治療中の人は過度な運動は厳禁です。病状によって適度な運動量は変わりますから、担当医やリハビリ担当スタッフに相談しましょう。

 また、心臓にトラブルを抱えている人にとっては、外出を控えて自宅で過ごす期間は自身の健康管理を見直すチャンスでもあります。病院によっては、いまも外来診療の件数を絞っているところもあるので、通院も含めて病院に足を運ぶ機会が減っている患者さんは多いでしょう。

 だからこそ、病院ではなく自宅で朝晩、定期的に血圧を計測して、自分の家庭血圧と脈拍の数値をしっかり把握しておくのです。普段の血圧と脈拍を知ることで、自分がいま飲んでいる薬が適切なのかどうかがわかります。さらに、新型コロナウイルスが落ち着いたタイミングで再開する治療の基礎データとしても役立ちます。

 せっかくですから、外出や通院を控えている期間を利用して、コロナ後の自分の健康に生かす取り組みをしましょう。

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天野篤

天野篤

1955年、埼玉県蓮田市生まれ。日本大学医学部卒業後、亀田総合病院(千葉県鴨川市)や新東京病院(千葉県松戸市)などで数多くの手術症例を重ね、02年に現職に就任。これまでに執刀した手術は6500例を超え、98%以上の成功率を収めている。12年2月、東京大学と順天堂大の合同チームで天皇陛下の冠動脈バイパス手術を執刀した。近著に「天職」(プレジデント社)、「100年を生きる 心臓との付き合い方」(講談社ビーシー)、「若さは心臓から築く 新型コロナ時代の100年人生の迎え方」(講談社ビーシー)がある。

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