がんと向き合い生きていく

コロナ渦中に亡くなったがん患者への対応で考えさせられる「ご遺体の尊厳」

佐々木常雄氏(C)日刊ゲンダイ

 ある日の夕方、自宅に帰ってパソコンを見ると、メールが2件届いていました。

 1件目は友人の医師、I先生からでした。

「入院していたがん患者さんが亡くなられた。葬儀屋さんが来てくれて、ご遺体を自宅まで運ぶことになった。ストレッチャーに移乗するとき、葬儀屋さんから『ご家族は部屋の外に出てください』との指示があった。そちらの車にご家族が1人同乗できないかとたずねると、『コロナの関係でご家族の同乗はできません』とのこと。さらに『私たちはコロナ患者のいる病院にも出入りしているんですから』と強い口調で返された。密の状態を避けたいというマニュアルなのだろうが、これからこの葬儀屋さんでどんな葬儀になるのだろうかと心配になった」

 2件目はある会社の管理職を務めるHさんからです。

「ひとり暮らしの職員が出勤しなかったので、自宅まで行って警察に鍵を開けてもらい部屋に入ったら、浴室で倒れていました。呼吸はあったのですぐに近くの病院に搬送されましたが、翌日に亡くなりました。脳梗塞でした。運ばれた病院では、『コロナ疑い』でPCR検査の結果が出ないうちに亡くなった場合、コロナ患者として扱われるとのことでした。翌日までご遺体を病院に置いていただいたところ、PCR結果は陰性でした。しかし、ご遺体はビニール袋に入れられたまま返されました。まるで『物』扱いです。ここまでしないといけないのでしょうか? せつないです」

 新型コロナウイルスに感染しても、多くの人は症状なしで過ごしますが、むしろそれが蔓延を引き起こします。そして、悪化した人は厳しいのが現状です。健康で元気な人が、ある日、発熱からたちまち呼吸困難、肺炎、急激な意識状態の悪化を招き、人工心肺装置につながれて助かる人もいますが、アッという間に亡くなってしまいます。亡くなる方の比率は小さいとしても、テレビで報道された志村けんさんや岡江久美子さんの死では、多くの人が衝撃を受けました。

 6月15日現在、日本では1万7000人以上が罹患し、死者は900人を超えると報道されています。しかし、日本では多くは発熱などの症状があって、コロナを疑ってPCR検査を行った結果の患者数で、実際の感染者数を表しているわけではありません。しかも、日本のPCR検査数は諸外国に比べて極端に少ないのです。

 世界では約770万人がかかり、約42万人が亡くなっています。毎日毎日、個々の死ではなく、その数を「マス」として報道されます。科学の頂点にあるはずの米国での死者が多く、最近、中南米の感染者が急激に増えているといいます。

■残された人の心の中で死者は生きている

 コロナの死は悲惨です。感染症だから、うつるから、家族の面会もできず、亡くなっても遺体には会えず、焼き場にも立ち会えず、骨になってから家族に引き渡されることもあるようです。

 この不条理さはなんなのでしょう。どんな形で亡くなろうと、ご遺体はただの物体ではありません。人間だからこそ、「ご遺体の尊厳」というものがあるのです。

「ビルマの竪琴」という映画をご存じでしょうか? 日本兵の水島がビルマ(現ミャンマー)の道々で目にしたのは、無数の日本兵の死体でした。衝撃を受けた水島は、英霊を葬らずに帰国することが申し訳なく、ビルマの地にとどまろうと決心して本物の僧侶となりました。

 生きている者は一人では生きられません。残された人の心の中で死者は生きているのです。「息子の供養のために生きてきました」と言う母がいます。母に亡くなられた子供は「お母さんは星になって、いつも私たちを見守ってくれている」と口にします。

 届いた2件のメールを読んで、哲学者の篠原正瑛の言葉を思い出しました。

「人間愛を意味する『ヒューマニティー』という言葉の語源は『死者を埋葬する』ということ。人間の死の厳粛であることも知らず、死を畏れることも知らない者が、生ける人間を本当に愛することが出来ようとは決して考えられない」

 人間が本当に大事にしなければならないことは何か? いま、考える良い機会です。

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佐々木常雄

佐々木常雄

東京都立駒込病院名誉院長。専門はがん化学療法・腫瘍内科学。1945年、山形県天童市生まれ。弘前大学医学部卒。青森県立中央病院から国立がんセンター(当時)を経て、75年から都立駒込病院化学療法科に勤務。08年から12年まで同院長。がん専門医として、2万人以上に抗がん剤治療を行い、2000人以上の最期をみとってきた。日本癌治療学会名誉会員、日本胃癌学会特別会員、癌と化学療法編集顧問などを務める。

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