記憶力より注意力…高齢者の安全な自立生活に大事なこと

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写真はイメージ(C)日刊ゲンダイ

「脳活」で記憶力アップ――。こういったフレーズに引かれる高齢者が多いが、「記憶力も大事ですが、注意力こそより大事」と言うのは、東京歯科大学精神科准教授の宗未来医師だ。

「認知症といえば記憶力の低下がまず頭に浮かびます。確かに記憶力は重要な認知症の中核症状ですが、“生活の質”という意味では、最近は記憶力よりも、注意力こそもっと重視されるべきと注目が集まっています」

 アルツハイマー型認知症や、その予備群である軽度認知障害(MCI)を対象に、低下したさまざまな認知機能と、家事や金銭管理といった日常の生活管理能力との関係を調べた研究では、注意力の低下が最も生活管理能力に悪影響を与えていたと報告されている。

 さらに、信号無視や車のアクセルとブレーキの踏み間違えのような高齢者の危険運転のリスクは、記憶力低下ではなく注意力低下で生じることも示されている。

「火の不始末、転倒でのケガやお風呂での溺水、誤薬、詐欺被害といった高齢者の自立生活を破綻させるさまざまなリスクに直結するのも注意力であり、逆に注意力の低下をなんとかできれば、多少記憶力が落ちても、安全かつ自立した生活の延伸化が可能と考えられているのです」

■朝晩アロマを嗅ぐだけで3カ月後にはアップ

 では、注意力を高める方法はないものか?

 その疑問から、非常勤講師を務める慶応義塾大学医学部精神・神経科で宗医師らが行ったアロマセラピーによる研究だ。

 65歳から80歳の健康な高齢者男女120人をランダムに60人ずつに分け、一方にはアロマを、一方にはアルコール(プラセボ=偽薬)を3カ月間、朝晩嗅いでもらった。嗅ぎ方としては、シールにアロマまたはアルコールを垂らし、そのシールを洋服に2時間以上貼ってもらう方法を取った。アロマは、朝は交感神経を活性化させるアロマを4種類、夜は副交感神経を活性化させるものを7種類混合し使用した。

 その上で、研究の最初と3カ月後に、CDから2秒ごとにランダムに流れる1~9の数字を聞き、その数を覚えて足し算し正答数を測った。

「アロマのグループは3カ月後、足し算の正答数が平均で6個増加していたのに対し、プラセボのグループは2個増加で、これらの結果は統計学的に有意なものでした」

 つまり「アロマセラピーが注意力を上げる」ことが今回の研究で明らかになったのだ。宗医師らは記憶力についても調べていたが、「アロマが記憶力を上げる」という結果は得られなかった。

■厳密なエビデンスを示したのは初めて

「今回は記憶力に問題のない健康な高齢者を対象にしたため、記憶力の改善は認められなかった可能性があります。一方、人は健康でも注意力が記憶力より先に衰えていきます。今回の対象者も注意力は低下しており、それゆえに注意力には上がる伸びしろがあったところにアロマが奏功したと考えられます」

 実は、アロマセラピーで高齢者の中核的認知機能の改善を厳密に証明した研究は、諸外国でも例がなかった。

 読者の中には「アロマセラピーが物忘れを改善」といった研究結果を見たことがある人がいるかもしれない。

 記憶力アップをうたったアロマは高額で売られ、ブームにさえなっている。しかしそれらは、アロマを嗅ぐ前後の比較試験によるもので、プラセボと比較したランダム化比較試験ではない。前後試験ではプラセボ効果や学習効果などのバイアスが大きく、厳密な科学的根拠にはならない。本当に効果があるかを調べるには、薬と一緒でランダム化比較試験が不可欠なのである。

 今後、さらに研究が行われる予定。今回の結果は、経済産業省のシンクタンクである経済産業研究所のHPに近々アップされる。

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