死を身近に感じたことで…訪問診療医が実感した「新型コロナ」の教訓<下>

小堀鷗一郎医師
小堀鷗一郎医師(C)日刊ゲンダイ

 新型コロナウイルスは在宅医療の現場も直撃している。感染を恐れて治療や入院を拒否する患者も増えた。多くの人は自らの最期に、改めて思いを巡らせるようになっている。

 新型コロナウイルスのリスクが高いのは基礎疾患を抱える中高年だ。彼らにとって感染は死に直結する怖さがある。志村けんさん、岡江久美子さんといった知名度の高い芸能人の命を奪ったことも、誰もが死から逃れられないのだという現実を教えてくれた。

「新型コロナウイルスの蔓延は我々に、『死はごく身近に存在する』という事実を突き付けました。多くの人はいや応なしに『死』と向き合わざるを得ない状況に置かれています。ただ、自らの死について考えることは決して悪いことではないと思います」

 人生の最期をどのように迎えるか、どうすれば自分らしく全うできるのか。それを考えられるのは、元気に生きている時だけだ。死を身近に感じられる今は、自らの死について冷静に考えるのに、とてもいい機会である。

 小堀さんが人々の変化を感じるようになったのは、4月上旬からだという。

「発熱時に対する不安を口にする人が増えました。それで私は、PCR検査の基準や指定医療機関のことに始まり、救急車を要請しても迅速な受診が見込み薄であること、陽性ならば面会が制限されること、陰性で全身状態が安定していれば自宅療養の可能性が高いことなどを説明するようになったのです」

 その結果、治療計画を変更する人もいた。老老介護する妻の負担を考え、緩和ケア病棟への入院を検討していた末期がんの男性患者(89)のケースである。

「夫はほぼ寝たきりで、妻は認知力が低下していました。妻主導の介護は厳しい状況でコロナの流行前から入院を考えていたのですが、予定していた病棟はコロナ対応で面会制限を設けました。そのため、入院が今生の別れとなる可能性が生まれたのです」

 そこで入院を回避し、ケアマネジャーによる手厚い介護のもと、自宅療養をすることになった。患者は5月下旬に亡くなったが、その前日には娘が遊びに来て、当日は入浴サービスを受け、リンゴのすりおろしも数さじ味わったという。穏やかな最期だった。

「現在は未知のものに対する恐怖から過度な対応が目立つように思いますが、もともと死はごく身近に存在するものであり、そのことを意識する者だけが自らの死に思いを致すことができるのです」

 死はいずれ誰にでも訪れるものだ。事故などで予期せず逝ってしまうこともあるが、多くの場合、どのように迎えるかを自分で選択できる。コロナの流行を無駄にはしたくない。

(おわり)

小堀鷗一郎

小堀鷗一郎

1938年、東京生まれ。東大医学部卒。東大医学部付属病院第1外科を経て国立国際医療センターに勤務し、同病院長を最後に65歳で定年退職。埼玉県新座市の堀ノ内病院で訪問診療に携わるようになる。母方の祖父は森鴎外。著書に「死を生きた人びと 訪問診療医と355人の患者」(みすず書房)。

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