がんと向き合い生きていく

肺がんで亡くなった祖母の手にはめられた白い手袋には紐がつながれていた

佐々木常雄氏(C)日刊ゲンダイ

 Fさんは、「ありがとうございます。よろしくお願いいたします」と頭を下げて帰りました。

 2日後の夜、Fさんが再び病室を訪ねると、やはりKさんの手には手袋と白い紐がついていました。Fさんの顔を見たKさんは、「あ、迎えに来てくれた。家に帰ろう」と口にしました。さらに、「あなたではない。私にはS子という娘がいたのです。S子を呼んでください。私は家に帰るのです」と言うのです。

「私を誰だか分からなくなるなんて……」

 Fさんはとてもショックでした。しかし、このまま病院にお願いするしかない。「家に帰りたい」と言われても、どうすることもできませんでした。

 さらに数日が過ぎて、Fさんは息子を連れてKさんを訪ねました。その日は手袋をはめていませんでした。しかし、Fさんと息子がいくら呼んでも返事はありません。2日後、Kさんは亡くなりました。

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佐々木常雄

佐々木常雄

東京都立駒込病院名誉院長。専門はがん化学療法・腫瘍内科学。1945年、山形県天童市生まれ。弘前大学医学部卒。青森県立中央病院から国立がんセンター(当時)を経て、75年から都立駒込病院化学療法科に勤務。08年から12年まで同院長。がん専門医として、2万人以上に抗がん剤治療を行い、2000人以上の最期をみとってきた。日本癌治療学会名誉会員、日本胃癌学会特別会員、癌と化学療法編集顧問などを務める。

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