気鋭のウイルス学者が語る ウイルスの不顕性感染と新型コロナ

写真はイメージ(C)日刊ゲンダイ

 ウイルスに感染したら健康を損ない、健康を取り戻せばウイルスは体内から排出される――。そう思い込んでいる人は多いだろう。しかし、必ずしもそうとはいえないらしい。東京大学医科学研究所システムウイルス学分野の佐藤佳准教授の最近の研究で明らかになった。これが本当なら、新型コロナウイルスも健康そうな人や治ったという人の中に感染者がいるということか? 佐藤准教授に聞いた。

■感染で免疫力がアップする?

「従来のウイルスの研究は、病気を引き起こすウイルスについて、病気を発症した人における感染状態を知ることが中心でした。そのため、症状は出ていないけれどもウイルスが感染している場合、それが人間の免疫や健康にどんな影響を及ぼしているのかの研究は進んでいません。それを解明することが原因不明の体調不良や未病の段階での病気発見につながるのではないか。その思いで、この研究を始めたのです」

 その結果は2020年6月4日、英国科学雑誌「BMC Biology」(オンライン版)に公開された。研究対象は米国のゲノム研究のために提供された、健康な547人の51カ所の組織の遺伝子発現データ。これをメタゲノム解析したうえ、ウイルスが感染した組織とそうでない組織との間に、ヒトの遺伝子発現がどう違っているかを調べた。その結果、さまざまなウイルスが健康な人の体内で症状の出ない状態で感染していて、健康に関係していることがわかったという。

「研究では、脳炎に関係する単純ヘルペスウイルスが脳の中に潜んでいる人がいることや肝炎ウイルスが肝臓の中で持続的に増殖している人がいることがわかりました。最もビックリしたことは、ヒトヘルペスウイルス7型(HHV―7)が胃に常在することで胃の機能が変わり、健康に影響を与えている可能性があることがわかったことです」

 さらに、いくつかのウイルスは、感染した場所だけでなく全身にその影響が及び、インターフェロンを含む自然免疫応答や、獲得免疫に関係するB細胞が活性化していることがわかったという。つまり、健康な人は不顕性のウイルス感染により、免疫力がアップしている可能性があるのだ。これが日本人に新型コロナ感染症の患者数や重症者が少ない理由のひとつなのだろうか?

「単純ヘルペスや肝炎ウイルスに感染している人は、自然免疫であるインターフェロンの血液中の数値が上がることがわかっています。ウイルスの種類にもよりますが、局所の感染が全身に影響する可能性はあると思います。欧米の新型コロナウイルス感染症の方がアジアより重症化しやすく、死亡者数が多い理由をウイルスの強毒化に求める声もありますが、私はその可能性は低いと考えています。どちらかというと宿主側である人間の要因だと思います。不顕性感染による全身の免疫力アップもその答えのひとつになる可能性はあるのではないでしょうか」

■陰性になっても体のどこかに長期間隠れている可能性も

 新型コロナウイルス感染症は中国に近ければ近いほど死亡率は低い、といわれている。その原因として、そのエリアに住んでいる人は訓練免疫があるからではないか、という考え方がある。

「中国発の新型コロナに似たウイルスに対する免疫が、知らず知らずのうちに身についているのではないか、というのです。BCGを接種している日本人は新型コロナに強いことが話題になりましたが、日本人は不顕性のウイルス感染などにより、もともとベースの免疫力があるのが原因ではないか、との考えがあります。つまり、いろいろなウイルスに感染した経験があるため、ベースの免疫が『訓練』され、さまざまな抗体を持ち、新型ウイルスに特異的ではないものの、それに近いものを持っていて、それが発動することで、ある程度の防御になっているのではないか、というのです」

 とはいえ、中国やその近接の国々出身で欧米に居住している人と欧米人の間に感染率や死亡率に差は見られていない。それはウイルスの不顕性感染によって発動される免疫力がアップしている期間が限定的だと考えれば説明がつく。

 治療後も新型コロナが体のどこかに隠れている可能性はあるのか?

「コロナウイルスのようなRNAウイルスの場合、治療して治った後はウイルスが体内に残らないというのが従来のウイルス学の常識です。ですから、専門的立場からいえば、治療後も新型コロナが体内に残ることは考えづらい。しかし私は、先入観にとらわれ過ぎると危険ではないかと考えています」

 例えば新型コロナは、SARS(重症急性呼吸器症候群)に似ているから肺炎だけだろうといわれたが、現在では全身の血栓症を伴うことがわかっている。

「ですから私は、全員がそうとは言いませんが、新型コロナが体内のどこかに長期間隠れているという考えも捨てきれない、と考えています」

 実際、新型コロナウイルスに感染した人が、PCR検査で陰性になり、再び陽性になるとの報告が多数ある。そのすべてが再感染によるものとは考えにくい。

「PCR検査でいったん陰性になっても体のどこかで持続的に感染が続いていると考えるのは自然だと思うのです」

 新型コロナウイルスはやはり厄介な病気だ。

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