がんと向き合い生きていく

心配症の前立腺がん患者を安心させた担当医とのやり取り

佐々木常雄氏(C)日刊ゲンダイ

 Kさん(74歳・男性)は5年前、検診で前立腺がんの腫瘍マーカーであるPSA値(正常値4ng/ミリリットル以下)が「4・2」と異常を指摘され、某病院の泌尿器科を受診したところ前立腺の生検でがんが見つかりました。

 それでも「低リスク」と診断され、無治療で経過をみることになりました。PSA値を泌尿器科で定期的にチェックし、もし上昇した時はMRI検査などを行って根治治療をするかどうかを検討する、いわゆる「PSA監視療法」になったのです。

 今年に入って受けた定期検査ではPSA値が「4・4」と、以前より0・2上昇したことで、Kさんは心配していましたが、結局、さらに3カ月後にPSA値を測り、高ければMRIなどの検査をすることになりました。

 Kさんはとても心配性です。それもあって、その時、私は「PSA値の正常値は年齢の影響も受け、80歳以上では7・0までが正常値とする説があります。もしかして年齢が関係したのかもしれない」と話し、その文献も送りました。

 それから3カ月がたって、今回の定期検診ではPSA値が「6・7」と急上昇。予定されていたMRI検査では、「前立腺の右葉にあるがんは増大し、被膜外に浸潤あり」とのことでした。

 担当医から「どうしましょう?」と言われたKさんは、「先生のご家族ならどうされます?」と逆に聞いたそうです。すると、担当医は「CT検査、骨シンチグラム検査に問題なければ、手術をします。ダビンチ手術です」と答えました。

 さらにKさんは尋ねます。

「入院期間はどのくらいですか?」

「手術で特に問題なければ通常は5日間です」

「妻は脳梗塞で半身マヒがあり、自宅に帰ったらなんでも自分でしなければなりません。普通に、電車に乗って帰れますか?」

「大丈夫。皆さん、そうされていると思います」

 こんな担当医とのやりとりで、Kさんは一安心したとのことでした。これからCT、骨シンチグラムなどを行って、転移がなければ手術になるようです。

■かつて手術直前に電話がかかってきた

 3年前、Kさんとの間でこんな出来事がありました。ある晩、Kさんが急に腹痛を起こし、自宅近くの病院の救急外来を受診した時のことです。X線検査の後、診察してくれた医師から「腸捻転だと思います。すぐに手術しましょう。家族を呼んで下さい」と言われ、近くに住む息子さんを呼んだそうです。

 駆け付けた息子さんとKさんは、医師から腸捻転について説明を受けました。それから手術の準備が整うまでの間に、Kさんが私に電話をかけてきました。

「これから緊急手術です。先生、どう思われますか?」

 私はびっくりしました。腸捻転と言われていて、手術直前です。私が駆け付けるにしても、私の家からその病院までは2時間以上かかります。私が止めるも何もありません。こんな緊急時は「説明を受けて納得しているなら、お任せするしかない」と思い、そう伝えました。

 翌日、再びKさんから電話がかかってきました。

「無事、手術が終わりました。腸を切ることもなく、捻転を治しただけで終わりました」

 Kさんは数日で退院されたのですが、私は「担当医に原因は何だったのかを聞いた方がいいですよ」とアドバイスしました。ただ、答えは「原因がなんだったのか分からないそうです。これまでお腹が痛くなったこともないし、便秘もないし、以前にお腹の手術をしたこともありません」とのことでした。

 幸いKさんは、その後、腹痛を起こすことはないようです。

 一般的に、高齢者の腸捻転はS字状結腸が捻転することが多く、その場合は腸を切って短くする手術が行われるようです。Kさんは、寝たきりでもなく、普通に運動されているのですが、このようなことが起こる場合もあるようです。

 今度、前立腺がんの手術をするにあたって、Kさんは泌尿器科の担当医に腸捻転で手術を受けた経験があることを話したそうです。

 無事、ダビンチ手術が終わることを祈っています。

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佐々木常雄

佐々木常雄

東京都立駒込病院名誉院長。専門はがん化学療法・腫瘍内科学。1945年、山形県天童市生まれ。弘前大学医学部卒。青森県立中央病院から国立がんセンター(当時)を経て、75年から都立駒込病院化学療法科に勤務。08年から12年まで同院長。がん専門医として、2万人以上に抗がん剤治療を行い、2000人以上の最期をみとってきた。日本癌治療学会名誉会員、日本胃癌学会特別会員、癌と化学療法編集顧問などを務める。

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