がんと向き合い生きていく

看護師の忙しそうな態度を見てひどく傷つく終末期患者がいる

佐々木常雄氏(C)日刊ゲンダイ

 終末期患者の多い病棟で、以前こんな出来事がありました。

 当時63歳のNさん(男性)は、大腸がんの手術後に肝臓と肺への転移が見つかり、がん性腹膜炎で腹痛がある終末期の患者さんです。ある日の朝、Nさんの病室のナースコールが鳴り、C看護師は「うかがいます」と答えたもののすぐには行けず、3分ほど経ってから病室を訪れました。

「すみません。遅くなってごめんなさい」

 C看護師が謝ると、Nさんは「いや、大丈夫ですよ。お膳を下げてもらいたくて呼んだだけです。あまり食べられません。お忙しそうですね」と答えます。C看護師は「私、忙しそうに見えましたか。大変すみません。本当に申し訳ありません」と言って、深々と頭を下げました。

 Nさんは「そんなに謝らなくて大丈夫です。ご苦労さまです」と言葉をかけてくれましたが、食膳を下げながらC看護師はかつて先輩看護師に言われた言葉を思い出しました。

「看護師が患者の前で忙しそうに振る舞ったら、患者はどう思うかを考えなさい。『看護師は自分のような末期がん患者に時間を取っている暇はない。治る患者に一生懸命、そちらに手を尽くすのは当然だ。治療法のない患者に関心はないのだ。自分は生きていても無駄なんだ』と受け取る患者もいるのです。あなたが『終末期の患者に寄り添う看護師になりたい』と思っているなら、どんなに忙しくても患者に忙しいそぶりを見せてはいけません」

 C看護師は一呼吸置いてからNさんの病室に入ったつもりでしたが、Nさんに「お忙しそうですね」と言われたことがショックだったのです。

「自分はまだまだダメだ。欠員があって看護師が少ないなんて、そんなのは言い訳にはならない」

 C看護師は反省しました。

■「もうすぐ死ぬから世話する意味なんてないのだ」

 たまたまその日の午後、私はNさんの病室を訪ねました。

「Nさん、ご気分はいかがですか? お邪魔してよろしいですか?」

「ああ先生、どうぞ。お久しぶりですね。今日はいつもより痛みが少ないです。診察していただけますか?」

「はい。横になったままで結構ですよ。食事はどうですか?」

「いやー、すぐに腹いっぱいになって、食べたい気にもならないのです」「そうですか。少しお腹が張っていますね」

「はい。今朝も担当のR先生が診てくれました」「夜は休めましたか?」「ゆうべは隣の部屋の方が大変だったみたいで……。でも、病院だから仕方がないです。夜遅くなって静かになりましたし、眠剤をもらって休めました。たくさん重症な方がおられて、お医者さんも看護師さんも大変ですね」

「でも、若い医師たちは当然だと思って働いているようですよ」

「今日の担当のCさん、なんだか忙しそうでした」

「そうですか? それはごめんなさい。すみません」

「いやいや、先生まで謝らなくていいんです。先ほどもCさんに謝られてしまいました。でも、Cさんはゆうべも勤務していたのですよ。Cさんに忙しそうなんて言うんじゃなかった。悪いことを言ってしまった。Cさんは、この私みたいな末期の患者をいつも励ましてくれているんです。ありがたい。とってもいい看護師さんですよ」

 C看護師の先輩が言っていたように、終末期の患者が医師や看護師の忙しそうな態度を見て、ひどく傷つくケースがあります。

「私なんか二の次だ。どうでもいいんだ」

「どうせ私は末期で、もうすぐ死ぬんだ。世話する意味なんてないのだ」 そんなふうに思われる患者さんがおられるのです。きっとNさんは、健康で働いている看護師が羨ましく、そして寂しい気持ちになっていたのではないかと思うのです。

 今は、新型コロナウイルスの流行で医療スタッフが不足していて、一層忙しくなっているのが心配です。

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佐々木常雄

佐々木常雄

東京都立駒込病院名誉院長。専門はがん化学療法・腫瘍内科学。1945年、山形県天童市生まれ。弘前大学医学部卒。青森県立中央病院から国立がんセンター(当時)を経て、75年から都立駒込病院化学療法科に勤務。08年から12年まで同院長。がん専門医として、2万人以上に抗がん剤治療を行い、2000人以上の最期をみとってきた。日本癌治療学会名誉会員、日本胃癌学会特別会員、癌と化学療法編集顧問などを務める。

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