京大ウイルス学者が語る新型コロナ「ファクターX」の正体

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写真はイメージ(C)日刊ゲンダイ

「ウィズコロナ」「アフターコロナ」という言葉がはやっている。この言葉は本来は不適当で、「ウィズ新型コロナ」「アフター新型コロナ」と言い改めるべきである。なぜなら、コロナウイルスは哺乳類や鳥類と古くから共存しており、ヒトもその例外ではなく、昔から「ウィズコロナ」だからである。

 私が知る限り、ヒトに感染するコロナウイルスはこれまで8種類見つかっている。

 一般的には、今回の新型コロナウイルスは、風邪のコロナウイルス(HCoV―229E、OC43、NL63、HKU1)と重症急性呼吸器症候群(SARS)コロナウイルス、中東呼吸器症候群(MERS)コロナウイルスに続いて7番目のヒトコロナウイルスとされているので、「おや?」と思われる方もいるだろう。

 しかし、「ヒト腸コロナウイルス」という名前のウイルスが存在するのである。このウイルスは下痢便から見つかっていて、呼吸器疾患は起こしていないようである。また、流行状況も不明であるため、一般的にはヒトに感染するコロナウイルスとしてはカウントされていない。

 実は下痢便の中に、コロナウイルス様粒子が電子顕微鏡下で観察されることは古くから知られている。しかし、これらは詳しく調べられてこなかったのである。

 この「ヒト腸コロナウイルス」のように私たちが知らない、未知のコロナウイルスが過去にヒトに感染している可能性はあるのだろうか? 私はその可能性は大いにあると考えている。

 最近、富士レビオで開発・販売開始された新型コロナウイルスの抗原検査キットでは、国内臨床検体(鼻咽頭ぬぐい液)で、擬陽性(抗原検査陽性・RT―PCR検査陰性)が2%(45例中1例)発生するという結果が得られている。

 この検査キットは、SARSコロナウイルスも検出するが、SARSコロナウイルスは2004年以降発見されていないので、検査キットがSARSコロナウイルスを検出した結果、擬陽性となったとは考えにくい。

■未知のコロナウイルスの可能性

 一方、このキットは既知の季節性の風邪のコロナウイルス(4種類)には反応しないことは確認されている。

 新型コロナウイルスの抗原検査キットが「ヒト腸コロナウイルス」を検出している可能性も否定できないが、腸に指向性のあるコロナウイルスが鼻咽頭ぬぐい液に存在する可能性は低いだろう。やはり、新型コロナウイルスに類似の未知の呼吸器コロナウイルスが、過去に、また現在も、日本人に蔓延している可能性はあるのではないだろうか。

 新型コロナウイルスやSARSコロナウイルスに抗原的に類似したコロナウイルスが、国内で密かに蔓延していた可能性が否定できないとなれば、それに対する免疫が新型コロナウイルスを抑える働きをしている可能性が出てくる。これが山中伸弥京大教授が言う、いわゆる「ファクターX」なのかも知れない。

 私たち人類はいったい、いつから「ウィズコロナ」なのであろうか?

 ヒトの最初のコロナウイルスである229Eが見つかったのは、1968年である。このウイルスは今も毎年冬になると人々に風邪を引き起こす。229Eに関しては、50年以上も「ウィズコロナ」であるのだ。

 ところで、2004年に発見された普通の風邪を引き起こすヒトコロナウイルスであるNL63は、新型コロナウイルスとSARSコロナウイルスとは遺伝的にはやや遠縁であるが、ともに、同じ分子(ACE2)を受容体として使用して細胞内に侵入し、性質は似ている。ヒトに感染し始めた当初は、今回の新型コロナウイルスのように病原性は高かったかも知れない。

 NL63が生じた時期は、ウイルスの塩基配列の比較から明らかになっている。その結果は驚くべきもので、NL63の祖先ウイルスは、11世紀に存在していたと見積もられている。11世紀にNL63の祖先ウイルスがヒトに感染していた証拠はないが、NL63に類似のコロナウイルスがヒトの周りに存在していたことは間違いないだろう。

 11世紀というと紫式部が生きていた平安時代後期である。疫病退散を願って1100年前に始まった祇園祭の長い歴史の中では、コロナウイルスの流行が収まることを祈願して祭りが執り行われたこともあったのかも知れない。

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