がんと向き合い生きていく

難病の患者も心の中では「本当は生きたい」と叫んでいる

佐々木常雄氏(C)日刊ゲンダイ

 地球の温暖化で、南極、北極の氷は解け、豪雨による川の氾濫、山崩れ……わが物顔で地球を開拓してきた人間には「自業自得」が待っていたのかもしれません。

 新型コロナウイルスの感染拡大で、多くの方は今年の暑い夏をイライラして過ごしています。そこに、「嘱託殺人」という事件が発覚しました。難病の筋萎縮性側索硬化症(ALS)だった女性患者(当時51歳)に頼まれ、薬物を投与して殺害した医師2人が逮捕された事件です。医師ともあろうものが、なんということだと暗然とします。

 ALSになった患者は体がだんだん動かなくなってきます。その不安は他人には到底想像もつかない、患者本人にしか分からないつらいことの連続だったと思います。

 かつて、ある医師が私に言った言葉を思い出します。

「がんはいいよね。病気が進んだら死ねるのよ。でも、神経難病は進んでも死ねないのよ」

 殺害された女性患者のブログには、「自分では何ひとつ自分のこともできず、私はいったい何をもって自分という人間の個を守っているんだろう?」とつづられていたそうです。そして亡くなる直前には、「いますぐ死にたい」と頻繁に書かれていたといいます。そして、嘱託殺人を行った2人の医師と連絡をとっていたと報じられています。

 しかし、女性の父親は「弱音を聞いたことはありませんでした。安楽死については、まったく聞かされていないし、相談を受けていたら思いとどまるように説得した。犯人のことは……許せないです」と話されたそうです。

■安楽死を認めるべきとの声もあるが…

 この事件から、「安楽死を認める選択肢を考慮すべき」との意見が聞こえます。しかし、私はそうは思いません。安楽死が認められるようになったら、社会支援がおろそかになり、難病患者が生きにくい環境になるのが心配です。そんな社会が良いはずがありません。「死ぬ権利」を言う前に、みんなが希望を持って生きられる社会をつくらなければならないのです。 そんな中で、ALSを8年前に発症した50歳の女性医師の記事(朝日新聞、8月1日朝刊)を目にしました。

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 病気を受け入れるのに4年かかった。自分が無力で価値のないものに思えた。どんどん体が動かなくなるのは、恐怖だし、人生に絶望する。私のせいで家族が今まで通り生活できないのも申し訳なく、生きていること自体が罪な気がし、泣き続けていた。……医師による自殺の手助けが法律で認められていたら、選んでいたかもしれない。

 一方、「子どものために生きなければいけない」と思ったり、介護をしてくれた学生に対し、「この経験が将来役立つだろうな」と誰かの役に立てるという小さな喜びを感じたりと気持ちが揺れた。

 前向きになるきっかけは、24時間ヘルパーを入れて家族に迷惑がかからなくなったこと、視線で入力できるパソコンの導入で仕事や交友関係と世界が広がったこと。ママ友や医療チームにも支えられた。

 ALS患者でも無限に活動的になれる。……大半の医師はこうしたALS患者の心の動きや生き方を知らない。……人間は強い時もあれば弱い時もある。もし、患者が「死なせて」と発したら、なぜそう思うのか寄り添って、耳を傾け、つらいことを解決する手段があれば全力でサポートしてほしい。

 ◇ ◇ ◇ 

 そして同紙の声の欄には、ギラン・バレーで1年間寝たきりだった64歳の方の言葉が寄せられていました。

「患者の心の奥底の『本当は生きたい』という叫びが嘱託殺人の2人には聞こえなかったのか。残念で仕方がない」

 そうなのだ。本当は生きたいのだ。病状が悪化していく中でも、生きることがつらいことの連続でも、それでも生きる価値を見いだし、生き甲斐を感じているのだ。

 殺されたALSの女性への同情、嘱託殺人をした医師に対する非難、安楽死への議論といった報道が多い中で、「本当は生きたい」という思いがつづられたこの2人の記事を読んで、私は少し安堵感を覚えました。

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佐々木常雄

佐々木常雄

東京都立駒込病院名誉院長。専門はがん化学療法・腫瘍内科学。1945年、山形県天童市生まれ。弘前大学医学部卒。青森県立中央病院から国立がんセンター(当時)を経て、75年から都立駒込病院化学療法科に勤務。08年から12年まで同院長。がん専門医として、2万人以上に抗がん剤治療を行い、2000人以上の最期をみとってきた。日本癌治療学会名誉会員、日本胃癌学会特別会員、癌と化学療法編集顧問などを務める。

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