がんに強い「ハイパーサーミア療法」は効果的で懐にも優しい

写真はイメージ
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 いまは患者が「同意書にサインする」という形で治療法を選ぶ時代だ。とはいえ、実際は治療に素人である患者は主治医のアドバイスに従うだけで、主治医の関心の薄い治療法は選択肢にも挙がらず葬り去られてしまう。しかし、それでは患者は生き残るチャンスを減らしてしまうことになりかねない。患者も広くがん治療法について知っておくべきだ。

 残念なことだが、「患者にとって安くて有効な治療法」なのに、手間暇がかかる割に公的保険の点数が低く、病院が儲からないという理由で廃れてしまうがん治療法がある。

 それが「温熱療法(ハイパーサーミア)」だ。がん細胞は熱に弱く、42・5度以上で死滅することが多いという特性に着目して、「がん細胞の温度だけを上昇させてがんを死滅させたり、弱らせたりする」治療法である。「日本ハイパーサーミア学会第37回大会」(9月12日~10月12日、WEB開催)副大会長で放射線治療専門医の黒﨑弘正医師が言う。

「ラジオ波や温水を使った温熱療法は、殺細胞効果はもちろん、抗がん剤や放射線の効果をアップさせる併用療法として十分な効果があります。ただし、温熱療法をよく知らずにこの治療法を無視したり、批判したりするがん治療専門医もいるのは残念です」

 そもそも温熱療法は京都大学医学部の菅原努教授が研究を開始し、その後、東京大学、国立がん研究センターなどの治験で、がんの病勢の抑制や患者生存期間の延長効果などが立証された治療法だ。

「42~43度以上の熱を長く加えると、すべての細胞は生き残れなくなります。それを回避するために正常細胞は周囲の血管を広げて血流を増やして細胞を冷却しようとします。ところが、がん細胞の周辺には急造のもろい新生血管しかないので、血管を拡張して十分な血流を確保し細胞を冷やすことはできません。つまり、がん細胞は正常細胞よりも早く加熱の影響を受けるのです。また低酸素細胞は、高酸素細胞よりも温熱に弱いことがわかっています。低酸素ながん細胞は放射線が効きづらく、そこに効きやすい温熱療法は放射線治療との相性が良いのです」

 温熱療法ががん細胞に効く理由はそれだけではない。細胞がエネルギーをつくるには2つの選択肢がある。細胞の周囲にある酸素を使うやり方と、酸素を使わないやり方だ。がん細胞は周囲の酸素の有無にかかわらず酸素を使わないやり方を選択する。そのためエネルギーをたくさんつくるには多くのグルコースの取り込みが必要で、結果として乳酸が増えてがん細胞は酸性化していく。酸性になればなるほど細胞は熱に弱くなるという。

「しかも、放射線や抗がん剤でがん細胞のDNA鎖の切断に成功しても、がん細胞は多くのDNA鎖修復酵素を分泌して生き延びようとします。温熱はそれを阻害します。つまり、温熱療法は放射線や抗がん剤の感受性強化の働きもあるのです」

■腫瘍が大きければ大きいほど効果的

 ほかにも、放射線と温熱ではがん細胞のどの時点での細胞周期で効くのかが異なる。そのため、併用することでがん細胞によりダメージを与えることができる。抗がん剤で活性化する転写因子を抑制することでがん細胞の抵抗性を抑えることができる。

「温熱療法には、もうひとつ良い点があります。細胞には、皮膚や内臓の表面を構成する上皮細胞と骨や血液をつくる間葉細胞があります。上皮細胞は規則正しく結合し、間葉細胞はそうでなく運動能力を持っています。上皮細胞の悪性腫瘍であるがんは、周囲に浸潤する過程で上皮細胞としての性格を失い、浸潤に有利になるように細胞が運動能力を持つよう変化する。これを上皮間葉転換(EMT)と呼びますが、温熱療法はこれを阻害する働きも持っているのです」

 この治療法が素晴らしいのは、どのタイプのがんにも効果があり、腫瘍が大きければ大きいほど効果があることだ。

 しかも、副作用はあっても軽度だ。加温部位の脂肪がやけどする恐れがあり、引きつれを起こしてその部位の神経を刺激して痛みが出る。しかし、それも時間の経過と共に体内に吸収され痛みも消えるという。このため1990年、当時の厚生省が健康保険適用の治療法として認可承認している。

「この治療法の最大の問題は、費用と人手の割に保険点数が低いことです。治療は1回60分程度を週1回、8週間ぐらい行います。ところが、それに対する保険点数はおよそ9000点で9万円にしかなりません。そのため、病院によっては敬遠されてしまうのです」

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