病気を近づけない体のメンテナンス

顎<上>歯科医の新常識「噛み合わせはいじらない方が良い」

写真はイメージ
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 2人に1人が経験するといわれる「顎関節症」。

 典型的な症状は、①「口を大きく開けられない」②「顎の周りが痛い」③「口を開けると顎が鳴る」だ。しかし、その大半は時間の経過とともに自然に症状が和らいでいくので、医療機関を受診するほど症状が重い人は全体の5%ほどと多くはない。

 ただし、顎関節症を引き起こす要因には、気づかぬうちに繰り返している生活習慣などがある。①~③の症状を、一つでも時々感じるようなら「顎関節症予備群」といえる。仕事の忙しさなどをキッカケに、症状が急に強まることもあるので、顎の負担になる習慣をあらためることが大切になる。

「噛み合わせの悪さ」が顎関節症を招くと思っている人がいたら、それは大間違い。「佐藤歯科医院今戸クリニック」(東京都台東区)で顎関節症外来を担当する木野孔司歯科医師(木野顎関節研究所所長)が言う。

「顎関節症と噛み合わせの関係が唱えられ始めたのは1930年代のことです。しかし、噛み合わせを調整しても症状が取れない人もいれば、噛み合わせが悪くても、まったく症状が出ない人もいます。現在では、噛み合わせの悪さが顎関節症の唯一の原因と考える専門医はいません。むしろ症状があるときには『噛み合わせをいじらない方が良い』というのが最新の常識です」

■上下の歯を接触させ続ける習慣は要注意

 それでも顎関節症の治療で、噛み合わせ調整を最優先で行おうとする歯科医師がいる。それは、噛み合わせ調整は、顎関節症の治療方法として保険適用が認められているからだ。噛み合わせ調整のために「歯を削る」「抜く」と言われたら要注意。顎の症状に加え、噛み合わせの違和感に悩まされる悪循環が始まってしまう場合があるという。

 顎関節は下顎の骨の先端が、頭蓋骨の下側にある「下顎窩」というくぼみの中で回転したり、くぼみから前方に滑り出すことで、口を開けたり閉じたりすることができる。

 また、顎を動かすときに働く主な筋肉には、口を閉じるときに働く「閉口筋」と、口を開くときに働く「開口筋」がある。この顎関節や筋肉が耐えられる負担を超えたときに、顎関節症の症状が表れるのだ。

 顎関節症は、さまざまな寄与因子が積み重なり合って発症する。たとえば「顎のけが」「精神的なストレスや不安」「関節や筋肉の弱さ」「睡眠中の歯ぎしり」など。

 中でも最も強い寄与因子とされるのが、「TCH」と呼ばれる上下の歯を接触させ続ける習慣(クセ)だ。

 本来、上下の歯が接触する時間は「食べる」や「話す」などのときの瞬間的なもの。普通は上下の歯が接触している時間の合計は「1日20分程度」だという。噛み合わせの悪さが寄与因子として影響が少ないのは、そのためだ。

「2000年ごろから、顎関節症に大きく影響する寄与因子を探る調査研究が進められてきた結果、見つかったのがTCHです。顎関節症の8割近くの患者さんは、このTCHを抱えています。TCHは上下の歯を軽く接触させている小さな力でも、長時間にわたって力がかかり続けていることで、関節や筋肉には大きな負担となり、血流を悪化させてしまうのです」

 パソコン作業をしていて、いつの間にか歯を食いしばっている人も多いのではないか。自分がTCHかどうか確認するには、唇を閉じて上下の歯を離した状態にする。無意識でいて10分後、歯を離していることに違和感があったり、上下の歯が接触していたらTCHの可能性が高い。

 顎関節症は、TCHのコントロールを基本にした寄与因子の管理と、リハビリトレーニングの2つのセルフケアで大半は改善するという。TCHのクセを治す方法は、ポストイットなどの「貼り紙」を使う。「歯を離す」などの文字やイラストを書いた貼り紙を、自宅や職場などの目につきやすい場所や物に10カ所以上貼る。TCHの“気づき”を促すのだ。

「常に歯を離した状態を保とうとしないでください。貼り紙に気づいたときだけ力を抜き、歯と歯が離れた楽な状態をつくります。『貼り紙を目にする→脱力する』の行動を繰り返していると、歯を離している方が自然で無理のない状態だと体が認識するようになります。最終的には、貼り紙で気づく前に、歯の接触があると反射的に歯が離れるようになります」

 次回は、症状が出たときに行う「リハビリトレーニング」。

(木野歯科医師への問い合わせは木野顎関節研究所HPから)

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