そこから復帰までの5年の間には、K―1が倒産したり、支援してくれた方が亡くなったり、いろんなことがありました。僕は僕で、選手のセコンドについて現場の感覚を取り戻しつつあった矢先に肺炎になって入院したり……。その入院もかなりしんどかったです。でも、「引退するにしても復帰してからだ」としか考えていませんでした。
おかげさまで、復帰戦は世界トップクラスの選手との試合がかない、玉砕はしたものの達成感がありました。今はチャンピオンを目指すのではなく、一日でも長くリングに立つことが使命だと思っています。
それまで、僕は「骨髄バンク」のことなどなにも知りませんでした。だからこそ、今はいろんな人に知ってもらうためにチャリティーなどに参加しています。輸血もたくさんもらったので、献血の呼びかけも折に触れて続けたい。自分がリングに立っていないとそういう活動もできないので、続けられるように体調管理しています。
独白 愉快な“病人”たち