がんと向き合い生きていく

とどめ刺す「セカンドオピニオン」はより苦しみを与えるのでは

佐々木常雄氏
佐々木常雄氏(C)日刊ゲンダイ

 53歳のKさん(男性)は「セカンドオピニオン」として、診療情報提供書を持参して来院されました。初めてお会いしたのですが、痩せていて元気がなさそうに見えます。

 紹介状には次のように書かれていました。

「膵臓がんで化学療法、放射線治療も行いました。がんは膵尾部なので閉塞性黄疸にはなっていませんが、腹水が出てきており、がん性腹膜炎となっている可能性が高いと考えられます。今後、積極的な治療は無理と考えています。これまでの治療経過・検査所見を別紙に記載します。ご本人は他に治療法がないかセカンドオピニオンを希望されました。なにとぞよろしくお願いいたします」

 紹介状に一通り目を通してから、顔を上げると、Kさんはジッと私を見つめていました。

「先生、やはり私は手術も薬の治療も無理なのでしょうか?」

 Kさんからの質問に、私もKさんの目をジッと見つめながら、「ごめんなさい。正直、これまでの経過から、がんに対しての治療は難しい、無理だと思います」と答えました。

 その後も、目と目が合ったまま時間が過ぎていきました。

 しばらくしてから、Kさんは淡々と切り出しました。

「分かりました。担当医には『痛みのないように』とお願いしてみます。ありがとうございます」

 それからこんなやりとりがありました。

「そうですね。これからの体の状況に応じて、担当医と相談し、つらいことなどに対応していただくのが良いと思います」「先生、私、どれくらい生きられますか?」

「それははっきり言って分かりません。今のような状態がずっと続くこともありますし、食べられなくなって、早く亡くなる方もおられます。よく医者が『あと何カ月』とか言いますが、当たらないことが多いのです」

■患者からすれば「あきらめろ」と言われている

 Kさんの場合でもそうですが、当然、医師は患者本人に真実を話します。それはそうなのです。本人の人生です。その場しのぎで、甘い言葉でウソをつくことはあり得ないのです。

 しかし、進行したがん患者にとっては、とてもつらい現実です。担当医から「治療法がない」と言われ、それでも、いちるの望みを持ってセカンドオピニオンに来られて、そこでも「もう治療法がない」とダメ押しを告げられる……。セカンドオピニオンを受ける医師は、治療法がない場合は、患者にとどめを刺すことになるのです。しかも、初めて会うわけですから、患者がどんな性格の方か、そのようなことは分からないままお話しすることになります。

 患者にとって「治療法がない」と言われる告知とは、何なのだろうと考えます。とどめを刺す告知は、患者にしてみれば「あきらめろ」と言われているということです。

 医師は患者の命を救う。それが無理なら、苦しみを少しでも減らす努力をする。そのはずなのに、セカンドオピニオンに来られた患者に、正直に「治療法がない」と答えて、もっと苦しみを与えることになるのではないか?

 一通り話を終えると、Kさんは「ありがとうございました。これからのことを考えてみます」と言われました。その言葉で、私はKさんに助けられたと思いました。このむごい告知が、Kさんがご自身の人生を考える、そのきっかけになってくれるのではないか。私自身が、勝手にそう解釈したがっていたようにも思います。

 少しホッとした私は、「何かの時に、もし相談したいと思われたときがあったら」と、私の連絡先のメモ書きを渡しました。Kさんは、「え! 何かの時にまた相談に乗っていただけるのですか?」と言われ、診察室を後にされました。

 しかし、あれから連絡はありません。Kさんに幸あれ。良い状態が続いてくれ。そう願っています。

佐々木常雄

佐々木常雄

東京都立駒込病院名誉院長。専門はがん化学療法・腫瘍内科学。1945年、山形県天童市生まれ。弘前大学医学部卒。青森県立中央病院から国立がんセンター(当時)を経て、75年から都立駒込病院化学療法科に勤務。08年から12年まで同院長。がん専門医として、2万人以上に抗がん剤治療を行い、2000人以上の最期をみとってきた。日本癌治療学会名誉会員、日本胃癌学会特別会員、癌と化学療法編集顧問などを務める。

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