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新型コロナに対応する医療者の「燃え尽き症候群」が心配

佐々木常雄氏
佐々木常雄氏(C)日刊ゲンダイ

「燃え尽き症候群」(バーンアウト)とは、国語辞典によると、「燃え尽きること。心身のエネルギーが尽き果てること」とあります。

 聖路加国際病院の松尾貴公医師(感染症科)らは、この4月にCOVID―19パンデミックの最前線に勤務していた医療従事者のバーンアウト率を、標準的なバーンアウト測定尺度を用いオンラインで調査しました。その結果、バーンアウト率は、全体で31・4%(312人中98人)、医師13・4%(82人中11人)、看護師46・8%(126人中59人)、放射線技師36・4%(22人中8人)、薬剤師36・8%(19人中7人)でした。医師に比べ、看護師のバーンアウト率が約5倍も高い結果と報告しています。

 病院で、コロナ最前線で働く人たちは、神経をとがらせて、普段の診療とは違う、とても気を使っての仕事になっているのです。

 まず、自身の防御衣の着脱、N95規格のマスクを着用し、厳しく注意を払うため時間もかかります。それからの診察、点滴、人工呼吸器の着脱、その他の患者に対するあらゆる処置、看護や介護にも当たっています。

 隔離された部屋で、まして重篤な方への対応は、一般的な病気の患者の何倍もの労力がかかります。感染防御のため、家族との面談も極力少なくし、もし不幸にして亡くなった場合でも、ご遺体と家族との接触も出来るだけ避けなければなりません。

 働く自分だけではなく、家族にうつさないことも考え、身体的にも精神的にもとても大変な状況なのです。

 私はその場にいないのではっきりとは申し上げられないのですが、このような現場ですから、がん患者に対して「懇切丁寧に時間をかけて十分に納得できるように説明する」といった普段のような対応は、難しいのではないかと思います。その現場の看護師たちも、きっとそのことでも悩んでおられるのではないかと推察します。

■セミナーに参加して病院を辞める看護師も

 1975年ごろ、「燃え尽き症候群」という言葉がはやったことがありました。この言葉を聞くのは、あの時以来のように思います。

 あの頃、医師は患者に「がん」の病名は言わない、がんを隠すのが当たり前でした。

「あなたががんだなんて、そんな残酷なことをどうして言えようか」

「彼は死を自覚しないで亡くなったのがせめてもの慰めです」

 患者に死を知らせない、死を告げない、それが患者への「最大の愛と思いやり」である――。そう、われわれは信じていた時代でした。

 しかし患者は、医師には話さず看護師に訴えました。

「私はがんなんでしょう?」

「この赤い点滴は抗がん剤でしょ?」

「先生は大丈夫と言うけれど、私は知っているのよ。私はがんで死ぬんでしょう?」

 患者と医師の間に入る看護師は、「患者が痛みに耐え、ウソで固められて死んでいく状況」に耐えられなかったという方もいます。当時、同僚だったある女性の看護師は、どのような団体が主催したのか分かりませんが、数十万円を払って密かに「自己啓発セミナー」と称する数日間の合宿に参加しました。そしてその後、病院には勤務せずに看護宿舎に滞在したまま羽毛布団の訪問販売を始め、しばらくしてから病院を辞めていなくなりました。間違いなく、バーンアウトしていたのでしょう。

 今は、昔の状況とまったく変わっていますが、それでもやはり看護師は患者との関係でも悩まれていると思います。

 国は、医療者が頑張ってくれている、支援すると言いますが、冬に向かって具体的にどうするのか、人手は足りるのか、器具は十分なのか……と心配になります。

 まずは感染者を増やさないためにも、Go To キャンペーンを拡大する前に、まずはPCR検査を増やすべきではないでしょうか。

 病院の看護師ばかりではなく、他の科や保健所で働く方々もバーンアウトの危機に陥っているのではないかと思うのです。

佐々木常雄

佐々木常雄

東京都立駒込病院名誉院長。専門はがん化学療法・腫瘍内科学。1945年、山形県天童市生まれ。弘前大学医学部卒。青森県立中央病院から国立がんセンター(当時)を経て、75年から都立駒込病院化学療法科に勤務。08年から12年まで同院長。がん専門医として、2万人以上に抗がん剤治療を行い、2000人以上の最期をみとってきた。日本癌治療学会名誉会員、日本胃癌学会特別会員、癌と化学療法編集顧問などを務める。

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