もう一つのコロナワクチン ウイルスベクターの期待と課題

世界各国で治験が行われている
世界各国で治験が行われている(C)ロイター

 新型コロナウイルスに対するワクチン開発で明るいニュースが相次いでいる。臨床第3相試験の中間解析で90%以上の有効性が確認された米ファイザーのワクチンに続き、米モデルナもワクチンの有効性が94・5%を示したと発表。いずれも、今月中に米国食品医薬品局(FDA)に緊急使用許可を申請する予定としている。両社のワクチンはどちらも「mRNA(メッセンジャーRNA)ワクチン」と呼ばれるタイプだ。ウイルスはヒトの細胞に侵入する際、自身の表面にある「スパイクタンパク質」という“突起”を利用している。

「mRNAワクチンは、新型コロナウイルスのスパイクタンパク質を作り出す遺伝情報を持つmRNAを封入した粒子を投与することで、体内にスパイクタンパク質だけを作り、抗体を産生して感染を防ぎます。これまで、mRNAワクチンが承認された例はなく、新しい技術による画期的なワクチンといえます」(岡山大学病院薬剤部の神崎浩孝氏)

 日本政府は、ファイザーとは来年6月までに6000万人分、モデルナとは来年1月から6月までに2000万人分のワクチンの供給を受ける契約を結んでいる。安全性がさらに確認され、このまま順調に開発が進めば、期待できるワクチンといえそうだ。

 日本が供給を受けることで合意しているワクチンがもうひとつある。イギリスの製薬大手アストラゼネカがオックスフォード大学と共同で開発している「ウイルスベクター」と呼ばれるタイプのワクチンだ。開発が成功した際に6000万人分を確保しているという。

「このワクチンも、体内で新型コロナウイルスのスパイクタンパク質を作り出す遺伝子を投与して抗体を産生させ、ウイルスを排除します。さらにキラーT細胞によってウイルスを退治する細胞性免疫も引き起こすといわれています。mRNAワクチンと異なるのは、ターゲットの細胞内まで遺伝子を運ぶ運搬役として、ウイルスを使っているところです」(神崎氏)

■日本でも治験が実施されている

 アストラゼネカのワクチンでは、チンパンジーから取り出して弱毒化させたチンパンジーアデノウイルスに、スパイクタンパク質の遺伝子を組み込んでいる。

「ウイルスを運搬役として使うのは、スパイクタンパク質を作り出す遺伝子を、ターゲットにしている細胞内まで効率的に到達させるためです。弱毒化していてもアデノウイルスには細胞内に侵入して感染する力があります。細胞の中まで遺伝子を運ぶ最適な運搬役といっていいでしょう。また、ウイルスを使うワクチンは、mRNAワクチンに比べてたくさんの抗原が作られるため、抗体ができやすいといわれています。その分、より強い感染予防効果が期待できます」(神崎氏)

 とはいえ、まだまだ課題が残っている。運搬役のアデノウイルス自体に毒性があり、弱毒化したとしても発熱などの風邪症状を引き起こすケースが報告されている。また、すでに製品化されているアデノウイルスベクターの遺伝子治療薬では、副作用の肝機能障害による死亡例もある。

「さらに、体内では運搬役のアデノウイルスに対する抗体もできてしまいます。そのため、ワクチンを投与して効果が持続しなかった場合でも、一般的には2回目の投与は難しいと考えられます。アストラゼネカは、これまでの臨床試験で2回投与について評価していますが、慎重に判断する必要があります」(神崎氏)

 アストラゼネカのウイルスベクターワクチンは、英国、米国、ブラジル、南アフリカに加え、日本でも臨床試験が行われている。年内には中国でも治験が始まるという。

 mRNAワクチンと同じく、こちらも新しい技術によるワクチンだけに、今後の製薬界にとって大きな転換点になるかもしれない。

関連記事