このところ、認知症で介護療養型医療施設に入居されている高齢の患者さんが救急搬送されるケースが増えています。施設で心臓の発作を起こすなどして、順天堂医院のような急性期病院に運ばれてくるのです。
療養型施設の診療体制が変わってきていることが大きな理由です。かつて療養型施設の多くは、入居者の管理のための診察というと、呼吸、脈拍、血圧、体温、意識レベルなどを把握する簡単なバイタルチェックを行う程度でした。しかし、最近は入居者の健康状態で気になるところがあると、CTやMRI、場合によっては内視鏡といった検査を実施する急性期病院と提携関係にある療養型施設が増えてきています。病院が福祉に乗り出すことで、経営の安定化とともに入居者への安心感を提供しているのです。
高齢者は何らかの慢性疾患を抱えている人がほとんどですから、細かな検査を行えば多くは病気が見つかります。見つかった病気に対しては、家族と連絡を取りながら療養型施設が前述のような提携医療機関に送って治療をしたり、経過観察が行われます。そうした状況で、入居者に心筋梗塞の発作が起こったり、大動脈瘤でお腹が張って破裂したりといった緊急事態を招くと、救急要請があって急性期病院に搬送されてくるのです。
救急搬送された時点で、患者さんのご家族に「手術をするか、しないか」についてあらためて意思を確認します。そうした患者さんは認知症があるため、緊急手術の対象になるケースは少なく、そのまま天寿を全うする形がほとんどです。しかし、急性期病院側が「手術しないと、このまま死んでしまいますよ」といったように、手術を受けるような方向に強く誘導すれば、「先生方にお任せします」といった返事につながり、多くは緊急手術が行われることになります。
心臓の病状だけを見れば、明らかに手術適応です。しかし、患者さんの年齢や全身状態、認知症の程度を考えると、たとえ手術をして命を救えたとしても、認知機能が失われたまま手術による身体的な苦痛が残ってしまう可能性が高い場合がほとんどです。その後の人生を考慮すると、患者さんにとって手術がベストな選択とはいえません。身体的に傷がついた寝たきり状態の高齢者を増やすことになってしまうのです。さらに、そうした患者さんには大きなマンパワーが投入されるケースが多く、結果として医療費も高額となり医療財源の面でも大きな負担がかかります。
■循環器の分野でもベスト・サポーティブ・ケアがある
順天堂医院でもそうしたケースが2例ほど続きました。患者さんを受け入れた時点で、個人の意見ではなく、手術を執刀する医師、患者さんの管理をするスタッフ、術後のケアを担当するスタッフといったチームのメンバーで話し合ったうえでご家族に丁寧に説明し、特に手術をしなかった場合の良いところ、悪いところを受け入れていただいて結論を出してもらいます。結果的にご家族は手術を選択されませんでした。
高齢化がさらに進む日本では、今後はさらにこのようなケースが増えるでしょう。だからこそ、療養型施設に入居されている認知症の高齢者が命に関わる心臓トラブルを起こした時にどう対応するかについて、きちんと“交通整理”する時期に来ていると思うのです。
まず、療養型施設に入居されている患者さん自身は、病気が急変した時に積極的な治療を希望するのか、しないのか。仮に認知機能を失っていても、医療倫理的に日常生活を取り戻せる場合であれば、治療を希望するのか。もしくは、終末期の病気として受け入れて、痛みなどのつらい症状を和らげる治療に徹する「BSC」(ベスト・サポーティブ・ケア)を選択するのか。こうした治療対応の手順を、急性期病院の医師と療養型施設の医療従事者がきちんと整理し、事前に患者さんとご家族の希望をしっかり確認しあっておく必要があります。
BSCというと、末期がんの患者さんに対する緩和ケアというイメージが強いのですが、近年は循環器の分野でも導入され始めています。患者さんの苦痛やつらさ、身体的な制限をなるべく減らす治療を行い、人生の時間を刻んでもらうという考え方から、BSCを積極的に行っている開業医やハートクリニックがあり、急性期病院である順天堂医院ではそうした施設と提携して対応しています。
とはいえ、循環器のBSCを行っている施設はまだまだ多くないのが現状です。さらに進む高齢社会に備えて施設を整備し、急性期病院の医師と療養型施設の医療従事者がお互いに対応をよりはっきりさせ、患者さんとご家族にとってより良い人生を全うできるような選択肢を増やすべきだと考えます。
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