がんと向き合い生きていく

医師のちょっとしたひと言が気になる胃がん患者の胸の内

佐々木常雄氏
佐々木常雄氏(C)日刊ゲンダイ

 運送会社で企画部長を務めているDさん(57歳・男性)は、胃がんの手術を受けて2年になります。胃は出口の方(幽門部)の3分の2を切除しました。

 Dさんは2カ月ごとに定期検診を受けていますが、いつも診察が終わると医師のちょっとした呟きが気になります。

 昨年秋の診察では、担当医から「手術して2年になりますね。次回は腹部CT検査をやりましょう。そこで何もなければ再発する可能性はすごく減ります」と言われ、年末に腹部CT検査を行いました。

 その結果の説明を受けた際、担当医から「CTでお腹の中のリンパ節が少し気になりますが、きっと大丈夫でしょう」と言われました。

 Dさんはホッとして、次回2カ月後の検診の予約をして、診察を終えました。しかし、担当医が漏らした言葉がどうしても心に引っかかりました。

「『お腹のリンパ節が少し気になる』とは、なんだろうか? きっと大丈夫でしょうと言っていたけど……」

 病院の玄関の傍らには「がん相談支援センター」があって、そこには看護師ら専門スタッフが常勤しています。入り口には「何でもおたずねください」と書いてあります。

 Dさんは、「まさか、担当医の『少し気になりますが……』という言葉はどんな意味だったのでしょうか? などと聞くわけにもいかないな」と考えながら通りすぎました。

 会計を済ませ、病院の向かいの薬局で薬を受け取ってから、帰宅のために電車に乗りました。駅から自宅まで歩きながらの帰り道では、頭の中に「お腹のリンパ節が気になりますが、きっと大丈夫でしょう」という言葉が繰り返し浮かんできます。

 そして、「医者の漏らしたひと言について聞けるシステムはないものだろうか? あれはどんな意味でしたか? と聞ける仕組みがあればいいのに」と思いました。

 さらに、「そのひと言の意味が分かったとしても、目の前が晴れる場合と逆に悩みが増す場合があるのかもしれないな……」などと考えたりして、Dさんはすっきりしないまま年を越すことになりました。

■がん相談支援センターにも立ち寄れず…

 年が明けて最初の診察では、担当医が前回のCT検査の画像を見ながら今度は首をかしげました。それを見たDさんはたずねます。

「先生、前回の診察ではリンパ節が気になるとおっしゃっていましたが……」

 すると、担当医から「ああ、リンパ節ですか? それは大丈夫だと思うのですが、げっぷは出ませんか?」という言葉が返ってきました。Dさんが「げっぷですか? 特にありませんが……どうしてですか?」と答えると、担当医は「いや、まあ、丑年ですから」なんて冗談を口にしました。

 結局、担当医がCT画像を見ながら「げっぷがないか」とたずねた理由が分からないまま診察は終わりました。Dさんは忙しそうにしている担当医を見ながら、「こんな小っちゃなことは、とても聞けない」と思いました。そして、今回もすっきりしないまま、がん相談支援センターを横目で見て帰宅したのです。

「胃がんの手術を受けてから体重は7キロ減ったままだし、下痢をしやすくなっている。でも、どうしてげっぷが気になったのだろうか」

 Dさんは理由を聞けなかったことを後悔しながら、担当医のちょっとした言葉や態度が気になるのは、自分が神経質になりすぎなのかもしれないと思い直しました。

 翌日、Dさんが勤めている会社で月1回の部内企画会議がありました。新しい営業企画案が2つ出され、1時間ほどで終わったのですが、会議中に、まだ入社3年目の女子社員から「企画案とまではいかなくても、ちょっとした考えや少しでも気になることを出し合って検討する会を設けたらどうでしょうか」との意見がありました。

 病院で“小さな気になること”をいつも聞けずにいるDさんは、「そうだ、そうだ。立派な企画書でなくとも、たとえ小さなことでも検討すべきだ」と思い、うれしくなりました。

 会議が終わり、意見を出した女子社員を褒めようと思って近寄ると、「部長、背筋が丸くなっています」と笑顔で言われました。Dさんは思わず姿勢を正しました。

 次回はがん相談支援センターを訪ねてみようかと考えているそうです。

佐々木常雄

佐々木常雄

東京都立駒込病院名誉院長。専門はがん化学療法・腫瘍内科学。1945年、山形県天童市生まれ。弘前大学医学部卒。青森県立中央病院から国立がんセンター(当時)を経て、75年から都立駒込病院化学療法科に勤務。08年から12年まで同院長。がん専門医として、2万人以上に抗がん剤治療を行い、2000人以上の最期をみとってきた。日本癌治療学会名誉会員、日本胃癌学会特別会員、癌と化学療法編集顧問などを務める。

関連記事