体にやさしい新しいがん治療「光免疫療法」の仕組みと値段

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写真はイメージ(C)日刊ゲンダイ

「いつ治療が受けられるようになるのか」――。2012年に当時のオバマ米大統領が、一般教書演説(年頭施政方針演説)で取り上げてから、世界中の関心を集めた「光免疫療法」。その行方が注目されていたが、ついに大きなハードルを越え、昨年から日本での治療が始まった。治療法の開発者で、「がんを瞬時に破壊する光免疫療法」(光文社刊)の著者でもある米国立衛生研究所/国立がん研究所の主任研究員の小林久隆氏(写真)に、今後、新がん治療法で、がん医療がどのように変わるのかを聞いた。

 2020年9月25日、「光免疫療法」は条件付き早期承認制度の適用となり、世界に先駆けて日本で保険治療が受けられることになった。

 従来、がんの標準治療は部位別だ。頭頚部、大腸、肺、乳房というように発生部位により診療科と治療法が選択・決定される。光免疫療法では、がん細胞から出ている「抗原」と、抗原にくっつく「抗体」が鍵になる。「抗原別」という新分類による治療なのだ。

「多くの固形がんには、表面に抗原という特異的なタンパク質が発現しています。光免疫療法は、この抗原をターゲットに光感受性物質をのせた抗体を体内に投与。24時間程度でがん細胞の抗原にたどり着き、これをターゲットに近赤外光を発するレーザー装置を使い、がんの細胞膜だけをピンポイントで照射、破壊する治療法です」

 今回の承認では、この抗体のひとつと「IR700」という、この治療法のために開発された薬剤を使用。がん表面に出ているEGFRをターゲットに、がんだけを選択的に壊していく手法だ。抗体を替えると、頭頚部のほか皮膚、卵巣、乳房、肺などもっと多種類のがんをカバーする。この新たな分類では、同じ臓器にできた腫瘍であっても出ている抗原はさまざま。例えば乳がんといっても抗原の種類はEGFR、HER2、CD44などいくつも種類がある。

「同じ部位なのに、たちまち転移するがんと、進行が遅く悪さをしないがんがあるのは抗原の違いにもよります。また1つの腫瘍に2種類の抗原が出ているタイプも。固形がんであれば約8~9割に何らかの抗原が現れている。ゆくゆくは他の抗原でも薬剤を開発し、8~9割のがん治療が可能になるということです」

■まずは手術不能の頭頚部がんが対象

 この治療の特徴は「選択制」の高さと「二段構え」であること。そして何より近赤外光と薬剤は人体にほぼ無害であるという点だ。

 従来の3大治療である手術、抗がん剤、放射線はがん以外の組織にもダメージが及び、副作用や後遺症がつきまとう。また、治療による免疫機能の低下という矛盾を残してしまう。それこそが従来、がんという病の宿命だった。

 それが光免疫療法は「がんを壊しながら同時に免疫をつける一挙両得を狙った治療です」という。なぜ可能なのか。

「がんの細胞膜に1万個程度の傷をつけることで、『免疫原性細胞死』という特殊な壊れ方で、きれいに破れて壊れるので、その中身が新鮮な状態で外に放出されます。この中身が健康な免疫細胞に届き、活性化させる。照射により全てのがんが壊れなくとも免疫細胞ががんを抑え込むことがわかっています」

 このときに免疫メモリーがつくため同じがんを二度と再発させないことも肝であり、それを実験で証明し、小林氏は多くの関連論文を発表している。

 しかし、まだこの治療は進化の途上で、「これは終わりの始まり」だという。

 昨年9月に「条件付き」で早期承認制度の適用が得られたのは、再発した頭頚部(扁平上皮がん)という「打つ手のなくなった患者」に限定される。国内では食道、胃がんの治験も進められているが、現時点での保険適用は頭頚部がんのみだ。

 同11月に中央社会保険医療協議会で決定された薬価収載によると、1回の治療費は1人当たり600万円程度と試算される。保険が適用になる患者は高額療養費の対象となり、負担は数十万円。保険適用外の自由診療で受けるのであれば自己負担となる。

 がんの最新治療は開発実用化までに莫大な研究・開発費用がかかるため、薬価への反映は当面は致し方ない側面もあるだろう。しかし、長年の研究が大きな節目を迎えた小林氏は11年にわたる臨床医経験から、がんで苦しむ患者を治し、副作用や後遺症も軽減できれば、との思いは強い。

「願わくば患者さんが諦めないで済む、体にも懐にも負担の軽い治療となっていって欲しいのです」

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