最期は自宅で迎えたい 知っておきたいこと

「食」が生きる気力に 好きなものを好きな時に食べられる

写真はイメージ
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 病院から退院し、在宅医療に切り替えた患者さんが特に驚かれることに、「好きなものを食べたり飲んだりしていい」ということがあります。

 在宅医療での食支援は、患者さんの状態の評価に加え、患者さんとその家族、日常生活、患者さんの嗜好などすべて加味したもの。味気ない、いわゆる病院食が続くのとは違うのです。

 現在、われわれの在宅チームには言語聴覚士が加わっています。彼らの役割は、患者さんの状態を見極め、誤嚥がなく、かつ食べたいものを食べられるよう支援すること。一例ですが患者さんが奥さまでご主人が主な介護者の場合、嚥下評価で誤嚥リスク大となっても、食事のペース、一度に口に入れる食事の量などが夫の全介助でうまくコントロールできていると評価できれば、特別食ではなく、ご主人の作る食事を継続してもOKだよ、ということもあります。

 これらの食支援は、患者さんが一口しか食べられないような場合でも、本人に食べたい意欲がある限り、ギリギリの時まで行います。「食」が生きる気力につながると信じているからです。

 それを改めて痛感させられたケースがありました。80歳のがん末期の男性は、4月に退院して在宅医療に切り替え、7月に息を引き取りました。自宅で過ごした3カ月間は、この上なく充実した時間だったようです。

 男性が常々口にしていたのが、「人間っていうのは気力が大切やね。僕の場合は何かを食べたいと思うことが元気の証しやね」。ワインが大好きで、体としてはもうアルコールを受け付けられる状態じゃなかったのですが、ワインを一口飲んだり(なめると言う方が合っているかもしれません)、亡くなる1カ月前には、前回参加時には「これがもう最後」と思っていた仕事仲間との同窓会にも参加し、仲間とたくさん飲んだり食べたりしていました。

 そして「先生に会えなかったら人生が狂ってた。80年生きて、最後にこんなに素晴らしい人生を送れると思わなかった」と言葉を残され旅立たれていかれました。

 みとった奥さまも、「退院する時に先生はあと1~2週間かもとおっしゃっていましたが、長すぎることもなく短すぎることもなく、結果としてホスピスに入らなくて本当によかった。病院とはまったく違う対応をしていただき、病院だとこんなふうに過ごせなかったと思います。次は私も診てくださいね」とおっしゃってくださいました。

 医師によっては、「食べたら誤嚥を起こしてしまうからやめましょう」「胃ろう(胃から直接栄養を摂取するための医療措置)にしましょう」といった判断をするかもしれません。そういう場合、患者さんや家族が誤嚥というリスクを十分理解し、医師と認識を共有する必要があります。患者さんに「食べたい」という気持ちがあるなら、家族も医師もそれを止めるべきではないと、私は考えています。

下山祐人

下山祐人

2004年、東京医大医学部卒業。17年に在宅医療をメインとするクリニック「あけぼの診療所」開業。新宿を拠点に16キロ圏内を中心に訪問診療を行う。

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