上皇の執刀医「心臓病はここまで治せる」

年間1万円強の負担で全国どこでも質の高い医師にかかれるようになる

天野篤氏
天野篤氏(C)日刊ゲンダイ

 医師不足に悩む地方医療の疲弊を食い止めるため、公費を投入して学費を免除したり、奨学金を支給して医師を育成する大学教育システムを構築すべきという私案について前回お話ししました。

 卒業後に特定の勤務先で働く義務を果たすと、数千万円かかる学費が免除される防衛医科大学校、自治医科大学、産業医科大学のようなシステムを、医学部が設置されている全国の大学で実施するのです。学費や奨学金の返還を免除する代わりに、卒業後の一定期間は組織が決めた医療機関で働いてもらう。1県1医大制を骨格とした連携を利用して、若手が医師としての経験や技術を習得でき、同時に医師偏在を解消できるよう各地の医療機関に配置するシステムです。前述した3大学でもすでに義務的な派遣医を終了して指導的な医師や研究者として大学教授や研究所長に就いている方々も多く、多様な可能性を創出しています。

 現在、医学部が設置されている大学は、先ほど挙げた3校を除くと、国公立と私立を合わせて全国で79校あります。それらすべてで学費や奨学金の返還を免除するために公費を投入するとなると、当然ながら財源が必要です。

■医師育成の費用は年間1兆円

 一般的に医師を育てるための6年間の医学教育費は学生1人当たり約1億1000万円かかっています。いまは年間約9000人が医師になっていますから国が毎年約1兆円の予算を組めばすべての医師を公費で育成できる計算になります。いまの日本の医療費は年間43兆円かかっています。「そのうちの1兆円を医師育成のために出しましょう」と厚労省が予算を組めば実現可能なのです。

 医療費は現時点でもパンク寸前と危惧されている状況ですから、そこから1兆円を賄うのは難しいかもしれません。その場合、たとえば医療機関で処方されている薬をすべてジェネリックに変更したり、スイッチOTC薬にシフトすると年間で約5000億円の薬価が削減できると推計されているので、あと5000億円を調達すれば済みます。同時に医師の仕事を看護師などの医療従事者に振り分けるタスクシフトを進めていけば、本当に必要な医師の人数が減っていくので、予算はもっと圧縮されていくでしょう。

 それでも、やはり医療費をやりくりするだけでは医師育成の予算は捻出できないとなった場合は、国民に負担してもらうことがどうしても必要です。近年の日本では、社会保障費を主に負担している15歳以上65歳未満の生産年齢人口は約7500万人ですから、1人当たり年間1万5000円弱を負担すれば、医師育成費の1兆円を捻出できます。年間の薬価を5000億円節約できれば、1人当たり年間6000円強の負担で済みます。

 これで、全国どこでも質の高い教育を受けた医師に診てもらいやすい医療環境が整備されるのです。負担が増えても、自分にとってはお釣りがくるくらい有益だと感じる人も多いのではないでしょうか。

 ただ、こうした医師育成システムを実現させるには、強烈なリーダーシップを持った人材が必要です。いまの医療界には既得権益を持っている立場の医師がたくさんいて、国が公費で医師を育てて全国に配置するシステムの導入に猛反対する側の指導者も存在するからです。

 公費が投入されるとなれば、中央省庁の担当者がそれぞれの医学教育機関に派遣され、予算の使い方をチェックしたり、大学や病院の経営状況の透明化が求められることになります。そうなると都合が悪い医療関係者が少なからずいるのが事実で、激しく抵抗するでしょう。

 しかし、今のままでは医師の偏在による地方医療の疲弊の問題はいつまでたっても解消しません。そろばんで言うような「ご破算で願いましては」を実行してこれまでの“膿”はすべて出し切り、強いリーダーシップのある人材を中心にして根本的に体制を変革すべきなのです。

 近年、私立のいわゆる単科医科大学は上位5校以外はすべて赤字経営なのが現実です。このまま放置していてはいずれ立ち行かなくなり、医師偏在の解消どころではなくなるでしょう。だからこそ、国が先頭に立って公的資金を注入し、人材を派遣し、経営を見直し、医師の育成システムを根本的に見直すことに一考を投じる次第です。

天野篤

天野篤

1955年、埼玉県蓮田市生まれ。日本大学医学部卒業後、亀田総合病院(千葉県鴨川市)や新東京病院(千葉県松戸市)などで数多くの手術症例を重ね、02年に現職に就任。これまでに執刀した手術は6500例を超え、98%以上の成功率を収めている。12年2月、東京大学と順天堂大の合同チームで天皇陛下の冠動脈バイパス手術を執刀した。近著に「天職」(プレジデント社)、「100年を生きる 心臓との付き合い方」(講談社ビーシー)、「若さは心臓から築く 新型コロナ時代の100年人生の迎え方」(講談社ビーシー)がある。

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