上皇の執刀医「心臓病はここまで治せる」

心臓と大きく関わっている脳梗塞は総合的な治療体系が必要

天野篤氏
天野篤氏(C)日刊ゲンダイ

 脳の血管が詰まって起こる脳梗塞は、じつは心臓と大いに関係があります。

 たとえば、心臓が細かく不規則に収縮を繰り返す心房細動があると、血流が悪くなるため血栓ができやすくなり、その血栓が脳の血管に移動して脳梗塞を引き起こす可能性が高くなります。また、心臓の手術を受けた患者さんは、どんなに手術がうまくいったとしても術後に脳梗塞を起こすリスクがアップします。回復する過程で、縫い合わせた部分が癒着を起こして全体的な心機能が低下するので、心臓内で血液によどみができて血栓が形成されやすくなるからです。

 2015年の統計によると、日本では111万5000人が脳血管疾患にかかっています。ピーク時は150万人だったので減ってきてはいますが、まだまだ患者さんが多い疾患です。脳血管疾患のうち、脳梗塞の割合は7割強を占めていますから、およそ70万人が脳梗塞を発症していることになります。

 脳梗塞にはいくつか原因がありますが、全体の30%くらいは心臓が原因となる心原性脳梗塞です。しかも、心原性脳梗塞は片麻痺や言語障害などの後遺症が残りやすく、介護や介助といった生活支援が必要になり、生活の質が著しく落ちてしまいます。さらに、再発もしやすく、突然死を招くケースも少なくありません。

 ですから、かつて脳梗塞にかかったことがある人、発症リスクが高い人などを含め、脳梗塞を予防したり重症化させないようにするために、心臓側からも考えて対策するべきなのです。

 たとえば、脳梗塞を発症した患者さんの心臓に疾患があれば、それをしっかり治療する。心房細動などの不整脈がある場合も、必要ならばカテーテルアブレーションをはじめとした治療を行ったり、血液をサラサラにする薬を使う際にはその患者さんに最も適したものを使う――。脳梗塞は脳の血管が関与している疾患ですが、そちらに対する処置だけでなく、心臓をきちんと管理しながら脳の血管に対する治療を行うのです。

 こうした治療体系が確立されれば、患者さんが日常生活の制限をほとんど受けない形で、再発防止を含めた脳梗塞の管理ができるようになるでしょう。

■医療費も大幅に削減できる

 これまで、脳梗塞に対する治療ガイドラインは、ほぼ脳神経外科や脳神経内科が受け持っていました。そのため、重篤な心臓疾患がある患者さんや、心臓疾患を合併しやすい人工透析を行っている患者さんは、そもそもガイドラインの対象から除外されていたのが実情でした。しかし、実際はそうした患者さんこそ、脳梗塞を発症するリスクが高いといえます。冒頭でもお話ししましたが、私のこれまでの経験からも、いくつもの大規模データからも、脳血管疾患に心臓が大きく関わっていることが近年わかってきています。ですから、“首から下”にさまざまな疾患を抱えていても、そちらを治療しながら同時に脳梗塞の予防や治療を行うことが必要なのではないかと強く思うようになったのです。

 これまではバラバラだった「脳」と「心臓」の分野それぞれの専門家が、脳梗塞に対して一緒になって対応していく。そろそろそのタイミングが熟してきたと感じています。

 脳梗塞に代表される脳血管疾患に対し、脳と心臓を含めた総合的な新しい治療体系が構築されれば、パンクが懸念されている国の医療費を大きく抑制できます。現在、脳血管疾患の医療費は国民の総医療費の4・2%を占めています。金額にすると約1兆8000億円に上ります。この数字は、純粋な脳血管疾患の治療に対する医療費で、脳梗塞によって必要になる可能性が高い介護や介助といった日常生活を送るためにかかってくる医療費は含まれていません。新しい脳梗塞の総合的な治療体系は、そうした費用も含めて大幅に全体的な医療費を削減できる可能性があるのです。

「隗より始めよ」という故事に倣い、いま私は脳と心臓の分野を統合した脳梗塞に対する総合的な治療体系の構築に着手しています。次回、詳しくお話しします。

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天野篤

天野篤

1955年、埼玉県蓮田市生まれ。日本大学医学部卒業後、亀田総合病院(千葉県鴨川市)や新東京病院(千葉県松戸市)などで数多くの手術症例を重ね、02年に現職に就任。これまでに執刀した手術は6500例を超え、98%以上の成功率を収めている。12年2月、東京大学と順天堂大の合同チームで天皇陛下の冠動脈バイパス手術を執刀した。近著に「天職」(プレジデント社)、「100年を生きる 心臓との付き合い方」(講談社ビーシー)、「若さは心臓から築く 新型コロナ時代の100年人生の迎え方」(講談社ビーシー)がある。

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