コロナ第4波に備える最新知識

ワクチンが逆効果に…「フィリピンショック」はなぜ起きたか

(C)ロイター

 ウイルスに対する抗体には、「感染を止める抗体」(中和抗体)と「感染を止めない抗体」(非中和抗体)がある。後者は役に立たない抗体とも言えるわけだが、ウイルスの種類によっては、役に立たない抗体が命取りになることもある。抗体によって感染しやすくなる「抗体依存性感染増強(ADE)」である。デングウイルスやコロナウイルスで古くから知られている現象だ。

 これらのウイルスに対しては、抗体が誘導されればいいという単純な話ではない。ワクチン接種により「良い抗体」と「悪い抗体」がともに誘導されるが、その比率は個体(個人)によって異なる。良い抗体の作用が悪い抗体の作用を上回れば抗体は発症防御に働くが、その逆だと発症を誘発してしまう。

 フラビウイルスの仲間のデングウイルスは、東南アジアで流行する致死性のウイルスである。このウイルスには4種類の型があり、1つの型に感染した後に別の型に感染すると重症化してしまう。1つの型に対する良い抗体が、他の型に対しては悪い型として働いてしまうのだ。その現象のために、デングウイルスのワクチン開発は困難を極めた。

 しかし、4種類の型すべてに免疫(抗体)を誘導するデング熱ワクチン「Dengvaxia」が開発され、2016年4月にフィリピン保健省は公立学校に通う約80万人の子供に対し、世界初の「Dengvaxia」の接種を開始した。当時は9歳以上の全人口の20%にワクチン接種すれば、デング熱による疾病負担は5年以内に50%低減するとみられていた。

 フィリピンでは当初、時期尚早との反対意見が多く、WHO(世界保健機関)も推奨しなかったが、同7月に入りWHOが条件付きで推奨し始めたころから異変が。ワクチンを接種した小児がデング熱に感染すると重症化し、中には死に至るケースが続出したのだ。

 製薬会社はワクチンとの因果関係を否定できないとして、「デングウイルスに感染歴のない子供に投与すべきではない」と発表。フィリピン保健省は直ちにこのワクチンの接種プログラムを停止して販売を中止、WHOもこれを支持した。その後、製薬会社はこのワクチン接種を「接種前スクリーニングを行い、デング熱の既往が確認された者のみに接種する方法を推奨する」とした。

 ワクチンによって誘導される免疫が不十分の人には、ワクチンが逆効果になるということだ。

■「悪い抗体」を誘導しやすい人がどれくらいいるか

 新型コロナウイルスに近縁のSARS(重症急性呼吸器症候群)コロナウイルスでも、ADE現象は起こりうるとしてワクチン開発は暗礁に乗り上げていた。もちろん、だからといって現行の新型コロナワクチンでも同様なことが必ず起こるというわけではないが、識者の間ではその可能性がわずかでも、リスクは注視すべきとの声は少なくない。

 現時点では、新型コロナウイルスのワクチンで悪い抗体を誘導しやすい体質の人がどれくらいいるかがわからない。もし少数の人でも悪い抗体をつくりやすいとすれば、ワクチンの有効率がいくら高くても、一部の人にとってはワクチンで感染を防御できないばかりか発症率や重篤化するリスクを高めてしまう。

 しかも、それは統計的には表れにくい。仮に90%の人にとってワクチンが有効でも、1%の人にとってはワクチンが有害である(残り9%の人には有効でも有害でもない)とすると、残念ながら数万人ほどの規模の治験ではなかなか有害例が見えてこない。

 ワクチンの有効性が高いと、当然ながらワクチンを受けて発症した人が少なくなり、ワクチンを受けたがゆえに重篤化してしまった人の発見が困難になるのだ。

関連記事