上皇の執刀医「心臓病はここまで治せる」

糖尿病と心臓疾患は個別に対応するのが現状では最善の策

天野篤氏
天野篤氏(C)日刊ゲンダイ

 前回、前々回と脳梗塞のお話を続けてきました。脳の血管が詰まって発症する脳梗塞は心臓と深い関係があるため、心臓も含めた総合的な治療部門の新設を進めているところです。脳も心臓も血管のトラブルが病気につながるわけですから、大きく見ればどちらも「血管の病気」といえます。だからこそ、それぞれの専門診療科が協力して血管の状態を管理する必要があるのです。

 血管のトラブルといえば、糖尿病もその代表的な病気です。高血糖の状態が長く続くとそれだけでも動脈硬化を促進しますが、日本人に多くなってきた高血圧や高脂血症が加わることで、全身の血管がダメージを受けてボロボロになっていきます。さらに、血糖が高いとコレステロール値が高くない人でも血管内にプラークができやすくなり、プラークが剥がれると修復するために血小板が集まって血栓を作ります。それが動脈硬化で血流が悪くなっている冠動脈に詰まり、心筋梗塞や狭心症といった心臓疾患を引き起こします。

 糖尿病の人は、そうでない人に比べて男性で2倍、女性で3倍も心筋梗塞の発生頻度が高く、死亡率も1・5~3倍ほど高くなるという報告もあるほど、糖尿病は心臓疾患の重大なリスク因子です。

 また、高血糖による動脈硬化とは関係なく、糖尿病そのものが要因になる「糖尿病性心筋症」と呼ばれる心臓疾患も見られます。冠動脈の状態がそれほど悪くなくても、心臓の筋肉がどんどん傷んで心機能が低下する病気です。糖尿病で血管が傷んでいると全体的に血流が乏しい状態になり、心臓が“サボる”ようになります。すると心筋は衰えていき、突然死の原因となる心不全の発症につながってしまうのです。

 糖尿病も心臓疾患と大きく関わっているとなると、糖尿病に関しても心臓の専門科を含めた総合的な治療体制が必要だと考える人がいるかもしれません。しかし、糖尿病は脳梗塞とは違って、現状ではそれぞれの専門科が個別に患者さんを診て、必要なタイミングで連携するといういまの治療体制がベターだと言えます。

■血糖降下薬は大きく進歩している

 糖尿病はここ30年で治療薬がものすごく進化しました。たとえば血糖降下薬は、いくつもの種類の薬を合わせた合剤や、週1回の注射で済むインスリン、1日のどのタイミングで打ってもいいインスリンも開発されています。

 また、膵臓のβ細胞を刺激してインスリンの分泌を増加させるインクレチンというホルモンのひとつGLP―1を分解する酵素(DPP―4)の働きを妨げることで血糖を下げる「DPP―4阻害薬」、腎臓の近位尿細管で糖を再吸収する役割を担っているSGLT2の働きを阻害し、余った糖を尿と一緒に排出させることで血糖を下げる「SGLT2阻害薬」という飲み薬も登場しました。

 こうした薬の進化によって、糖尿病の患者さんにとって一番怖い低血糖を起こしにくい状態で血糖バランスを保てるので、健康寿命を延ばせる期待が持たれています。薬による治療と生活習慣の改善で、糖尿病はきちんとマネジメントできる病気になってきているのです。このように治療体系がしっかり確立されている病気に対し、心臓血管外科が積極的に入り込んでいく必要はありません。あくまでも、糖尿病の影響で心臓にトラブルが起こってしまった段階で治療に当たれば十分なのです。

 まず心臓のトラブルを手術で治し、心機能を回復させることによって、糖尿病や動脈硬化の状態を改善させるような手だても今のところ見当たりません。その点、脳梗塞に関しては、心房細動を治療したり心臓手術に付随して左心耳に対する処置を行えば、効果的に予防できることがわかっています。ここが糖尿病との大きな違いといえるでしょう。

 ここまでお話ししてきた心臓、脳、糖尿病だけでなく、腎臓や手足の末梢血管なども含めて「血管」という大きなくくりで捉え、全身のすべての血管を丸ごと診る専門科を新たに立ち上げることができれば理想的といえます。ただ、先ほど取り上げた糖尿病もそうですが、腎臓や末梢血管などに関しては、治療がそれぞれ大きく異なることもあり、個別に対応しながら連携を深めていく体制が現状では最善といえます。

 ですから、まずは腰から上、主に心臓と脳の血管をひとつのまとまりにして診る新しい治療体系をつくろうと考え、構築を進めているのです。

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天野篤

天野篤

1955年、埼玉県蓮田市生まれ。日本大学医学部卒業後、亀田総合病院(千葉県鴨川市)や新東京病院(千葉県松戸市)などで数多くの手術症例を重ね、02年に現職に就任。これまでに執刀した手術は6500例を超え、98%以上の成功率を収めている。12年2月、東京大学と順天堂大の合同チームで天皇陛下の冠動脈バイパス手術を執刀した。近著に「天職」(プレジデント社)、「100年を生きる 心臓との付き合い方」(講談社ビーシー)、「若さは心臓から築く 新型コロナ時代の100年人生の迎え方」(講談社ビーシー)がある。

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