がんと向き合い生きていく

10年前に手術した腎臓のがんが右眉毛の上に転移して現れた

佐々木常雄氏
佐々木常雄氏(C)日刊ゲンダイ

 Aさん(67歳・男性)は30年間、新聞社で社会部の記者として働き、定年退職後は週3日ほど友人の出版社の手伝いをし、週1回は好きなゴルフを楽しんでいました。

 ある日、右眉毛の上、額のところに2センチほどの塊ができていることに気が付きました。痛みはありませんでしたが、丸く硬くコロッとしていて、指でつまむと皮下を動く感じです。何だろう……と思って近くの病院の皮膚科に行ったところ、医師から「取りましょう」と言われ、その日のうちにそっくり切除してもらいました。

 切除した腫瘤は念のため病理検査することになりました。14日後、病理組織診断の結果は「腎がんが皮下に転移したもの」とのことで、Aさんも皮膚科医も驚きました。Aさんは10年前、腎がんの診断で右の腎臓を切除しましたが、左腎臓は残っています。早速、泌尿器科に回されて、CT、MRI、PET検査を行いましたが、残った左腎臓にはがんはできていません。しかも、他のどこにもがんの影はないとのことでした。

 泌尿器科部長は、「10年前に右腎がんは切除したが、体内に残っていた腎がん細胞は10年間じっと潜んでいて、今になって右眉毛の上に大きくなってきた」と言います。まったく元気なAさんは、他人事のような、何か夢物語を聞いているような気持ちでした。そして今はどこにも腫瘤はないことから、特に何も治療はせず様子を見ることになりました。

■他のがんには見られない不思議な面がある

 腎がんでは、手術後5年以上経過してから再発する例が少なくないため、長期の経過観察が必要とされています。一般的に、胃がんや大腸がんなどでは、手術後5年以上経過して再発がなければ、完治したと考えるのが普通です。Aさんのように5年以上経ってからの再発は、腎がん以外では乳がんで見られる場合があります。

 腎がんの組織型はその約80%は淡明細胞がんで、CT画像が特徴的なので診断はつきやすいといえます。病期の進み具合によって治療法が決められます。ステージ4で、遠隔転移している場合、全身状態が良好で転移巣の腫瘍量が少ないなどの予後良好と判断される場合は、分子標的薬での治療後に腎摘出が検討されます。転移があっても、薬物投与の後に原発巣を摘出した方が、摘出しない場合よりメリットがある、摘出した方が生存期間が長い傾向が見られたとの報告があるのです。

 遠隔転移のある腎がんに対し、「分子標的治療薬スニチニブ+原発巣手術群」と「スニチニブ単独群」を比較した試験では、前者の生存期間が良好の傾向が認められたと報告されています。

 これがたとえば遠隔転移のある大腸がんでは、大腸がんの原発巣を切除しても、切除しなくても、生存期間は変わらないという統計上の結果があります。原発巣を切除してもメリットはないというわけです。

 もちろん、個々の例によって違ってきます。大腸がんが大きく、腸閉塞を起こしそうな場合などでは、原発巣の手術が行われます。胃がんでも同じです。遠隔転移があると胃の手術をしてもあまりメリットはないので、胃原発巣の切除は行わないのが一般的です。

 また腎がんでは、原発巣を切除すると、転移したがんが小さくなってくる場合もあります。大腸がんや胃がんは、原発巣を手術しても転移したがんが小さくなることはありません。多くの腎がんの例で言えることではないのですが、腎がんは他のがんにはない不思議な面を示すケースがあるのです。

 転移がある腎がんでは、分子標的治療の後、原発巣の手術が可能であれば行って、その後も転移巣の手術、分子標的治療、放射線治療などが選択されます。

佐々木常雄

佐々木常雄

東京都立駒込病院名誉院長。専門はがん化学療法・腫瘍内科学。1945年、山形県天童市生まれ。弘前大学医学部卒。青森県立中央病院から国立がんセンター(当時)を経て、75年から都立駒込病院化学療法科に勤務。08年から12年まで同院長。がん専門医として、2万人以上に抗がん剤治療を行い、2000人以上の最期をみとってきた。日本癌治療学会名誉会員、日本胃癌学会特別会員、癌と化学療法編集顧問などを務める。

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