がんと向き合い生きていく

甲状腺がん 放射性ヨウ素の内服療法では4日以上隔離される

佐々木常雄氏
佐々木常雄氏(C)日刊ゲンダイ

「甲状腺ホルモン」は新陳代謝を活発にする働きがあり、われわれが生きていくために必要不可欠なホルモンです。コンブ、ワカメ、海苔などに含まれているヨウ素(ヨード)は甲状腺に取り込まれ、甲状腺ホルモンを合成します。

 甲状腺がんでは、放射性ヨウ素を服用する治療法(内用療法)があります。内服した放射性ヨウ素は甲状腺に集まり、甲状腺がんを殺すのです。この治療法は、甲状腺切除後、あるいは転移・再発時に行われます。

 放射性ヨウ素を内服すると、放射線が汗、尿、唾液、大便などに出てきます。周囲の人が被曝する可能性があることから、治療は専用の設備が整っている病院に入院して行われます。患者は体内の放射線量が基準値以下になるまで隔離されるのです。周囲の人を被曝させないために排泄物なども特別の貯留槽にためて管理する必要があります。

 Gさん(45歳・男性)は、R病院で甲状腺がんと診断され、放射性ヨウ素を飲んで入院治療を受けることを勧められました。治療を受けるにあたって、担当の放射線治療科医師から、こんな説明がありました。

「Gさんは閉所は問題ありませんか? この治療は閉所恐怖症の方はできません。放射性ヨウ素を飲んでもらって、4日間あるいはそれ以上、体内から排出される放射線量が基準値以下になるまで隔離されます。そこから出たいと思っても、出られないのです。部屋の中で身の回りのことはすべてご自身で行っていただきます。今のところ予約がいっぱいなのですが、3カ月後には入院できます。それでよろしいですか?」

 Gさんは、入院治療を受ける20日前からヨードを制限した食事をすることになり、病院から具体的に禁止されている食品が載っているパンフレットを渡されました。海藻や海苔などのヨードを含む食品は取ってはならないのです。

■持ち込んだものはすべて被曝する

 そうした指示に従って準備を整え、いよいよ入院することになりました。Gさんは、病室に持ち込む部屋着、着替えの下着のほか、本、CD、歯ブラシ、シャンプー、コップなどを用意しました。持ち込んだものは、すべて被曝します。病院内にコンビニエンスストアはあるのですが、いったん専用病室に入ると、買い物に行くことも許されません。

 入室してすぐに放射性ヨウ素の内服が始まりました。副作用はまったく感じることはありませんでした。

 専用病室は、ほかの部屋とは違って放射線が管理された完全に隔離された部屋で、言われていた通り監視カメラも付いていました。食事は特別な入れ口に看護師が置いてくれ、食べきれなかった分はトイレに廃棄します。排泄物は特別な処理がされるようです。容器は使い切りで、すべて専用のゴミ箱に捨てます。

 そんな隔離された部屋で、Gさんはひとりテレビを見て、好きな歌手のCDを何度も聴いて過ごしました。持ち込んだ2冊の週刊誌もすぐに読み飽きてしまいました。

 退屈極まりない生活ですが、それは承知の上での入院です。Gさんは「4、5日ゆっくり休める。食事の心配はまったくないし、これはこれでいいじゃないか」と思っていました。

 最初は気になっていた監視カメラもだんだん無視できるようになり、平気でおならもできるくらいになりました。そしてふと、刑務所の独房や宇宙飛行士が搭乗するカプセルが頭に浮かびました。

 結局、そのまま無事に4日が過ぎ、放射線の被曝量が規定値以下になって退院が決まりました。Gさんは、こんなことを考えました。

「この“独房”から4日は絶対に出られないと言われて過ごすのと、同じようにまったく部屋から出ないにしても『いつでも出られる』と思って過ごすのとでは、患者が感じる精神的な負担はかなり違うのではないか」

 そして、今度入院する時は長編小説を持ち込もう……そう思いました。

佐々木常雄

佐々木常雄

東京都立駒込病院名誉院長。専門はがん化学療法・腫瘍内科学。1945年、山形県天童市生まれ。弘前大学医学部卒。青森県立中央病院から国立がんセンター(当時)を経て、75年から都立駒込病院化学療法科に勤務。08年から12年まで同院長。がん専門医として、2万人以上に抗がん剤治療を行い、2000人以上の最期をみとってきた。日本癌治療学会名誉会員、日本胃癌学会特別会員、癌と化学療法編集顧問などを務める。

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