「鍼灸」がうつ症状を改善する 専門医がうつ病学会で発表

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写真はイメージ(C)日刊ゲンダイ

 うつ病の症状を鍼灸が改善――。神奈川県立精神医療センター/昭和大学発達障害医療研究所の中村元昭医師が、2008年から行った臨床研究の結果を第17回日本うつ病学会で発表した。中村医師に話を聞いた。

「鍼灸に関心を持ったのは、米ボストンへの留学時代です」

 ハードな研究生活で腰痛が悪化。ハーバード大学医学部で医師向けに鍼灸の勉強会を行っていた松本岐子氏の鍼灸院へ通い出した。腰痛が良くなるとともに、鍼灸を受けた日はイライラが消え、穏やかな気持ちになっていることを痛感した。

「欧米では薬が効かないうつ病にも鍼灸治療が効果があると広く知られております。2007年に帰国となり、日本国内にいる松本先生のお弟子さんの鍼灸師とともに、治療に鍼灸を用いる臨床研究を開始したのです」

 対象は、神奈川県立精神医療センターのストレスケア病棟に入院するうつ病などの患者で、薬が効かない重症患者も含む。日本での鍼灸は鍼灸師によって施術法が異なるため、長野式鍼灸の流れを継ぐ松本氏の施術法を用いた。精神症状と関連する東洋医学的な身体所見を数値化する「K式鍼灸スコア」を開発し、うつ病患者への鍼灸の有効性を検討した。

 鍼灸の回数は1週間に2回、5週間で計10回。精神症状との関連が想定されるツボに鍼灸をした。計69例、続いて計162例と行った研究では、どちらもK式鍼灸スコアは有意に低下。抑うつ、不安、怒りのスコアも有意な改善が見られた。

「研究結果は想定以上でした。そして患者さんが最も口にしたのが『体が楽になった』です」

■西洋薬では手が届かない部分にも想像以上の効果

 うつ病は、心の症状だけでなく体の症状もある。目まい、不眠、頭痛、動悸、疲れやすさなど症状は多岐にわたり、自律神経が関係している。

「自律神経の症状は西洋医学の治療では手が届かない部分で、抗うつ薬の副作用でかえって身体症状が悪化する場合も少なくありません。抗うつ薬で心の症状が改善し、抗うつ薬を減らしていけば体の症状も軽減していく一方で、患者さんは『気持ちは楽になったけど体の調子が悪い』と訴える。それが、今回の鍼灸を用いた研究で、抑うつ、怒り、不安といった心の症状だけでなく、自律神経の症状も改善するという結果が出たのです」

 大抵の患者が、1回目の施術から「体が楽になった」と話す。翌日には元通りに戻るものの、繰り返し鍼灸を行ううち、ベースラインが良くなっていくという。

「鍼灸はプラセボ条件を設定するのは難しく、体が楽になったのはすべて鍼灸のおかげかは現段階ではなんとも言えません。もしかしたら、丁寧に1時間ほどかけて週2回、5週間かけてケアをしてもらうことが功を奏し、鍼灸とは関係なしに、体調が良くなっているのかもしれない。今後さらなる研究が必要ですが、昭和大学の生理学の先生がネズミに鍼灸を行ったところストレスホルモンが減少したというデータを出しており、鍼灸が人にも同様の結果を出している可能性があります」

 中村医師が鍼灸に期待するのは、「なんの効果も感じなかった」という患者がとても少なかった点も大きい。

「私はうつ病患者さんの脳に磁気刺激を与える反復経頭蓋磁気刺激(rTMS)療法の臨床研究も行ってきたのですが、これは効く人と効かない人がいます。一方、鍼灸は程度の差はあれ、鍼灸を行ったうつ病患者トータル約300人が、なんらかの改善効果を報告しているのです。副作用で脱落する人もいない。マイナス点が少ない治療の選択肢ということで、今後さらなるデータを取って、臨床で行えるようにしていきたい」

 ゆくゆくは、精神科と鍼灸で手を組んで集学的なうつ病治療を行うことも考えているそうだ。

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