在宅医療ではがんの患者さんに次いで多いのが高齢者の患者さんです。およそ4分の1が認知症関連の病気を持っており、さらにうつ病などの精神疾患を持っている方も少なくありません。
実は精神疾患の患者さんへの対応に関して、在宅医療ではマニュアルは存在しません。私たちが常に心掛けているのは、患者さんが精神疾患を持ちながらも日常生活をより良く送れるように、患者さんの生活全般に目を配るということです。これは病院とは違う、在宅医療ならではのケアの仕方といえるでしょう。
そのためにも、訪問診療、訪問看護、ケアマネ、地域包括、訪問薬局などといった在宅医療に関わるすべての職種が意見交換や情報共有を積極的に行い、どう対応していくか、方向性をひとつに統一しています。非常に役立っているのが、「MCS」(medical care station)という医療・介護者専用のSNS。セキュリティーで守られたウェブ上の掲示板のようなもので、患者さんの自宅を訪問した時の様子や、体温・血圧その他、気になる点などを共有し合う場として活用しています。全員がリアルタイムに患者さんの情報を確認できるので、特に日々違う対応を求められる精神疾患の患者さんの対応には有効なシステムなのです。
電話やFAXとは違い、写真を上げられるので、たとえば患者さんの傷の状態などをカラー画像で瞬時に確認できるのもポイント。医薬品や必要な物品が足りない場合の連絡ツールとしても使えます。またこれを使って、医師とご家族が直接会話することもできます。
そんな新しいコミュニケーションツールを駆使できる今だからこそ、より在宅医療が可能になった精神疾患の患者さんのケースを紹介します。
一人暮らしの60代後半の女性で、心臓の左右の心室を隔てる壁に穴が開いている心室中隔欠損症と、うつ病を患っています。月に1度はうつ病治療のため精神科の病院へ通院。生活保護を受給しながら要介護2の認定を受けています。
初めて自宅を伺った時、ご本人は自宅にいらっしゃるもののドアを開けてもらえず、結局その日は診療できず断念。それから2日後に患者さんと顔見知りのケアマネジャーと共に再訪しました。部屋の中に入ると紫煙が立ち込めています。聞けば、たばこを1日半箱程度吸うとのこと。
この女性に対しての在宅チームは、まず全身の状態を確認するため、週2回の訪問看護。ヘルパーは週3回通い、家事の代行や服薬確認、通院同行などを担いました。また、厚労省の「日常生活自立支援事業」を利用し、金銭管理支援を週1回。これは、認知症、精神障害、知的障害などで判断能力が不十分な方に対し、通帳、印鑑、権利証などを預かって利用援助を行うものです。ここに私たち診療所も週1回のペースで通い、ケアすることになりました。
そして現在も引き続き、ケアマネジャーや訪問看護ステーションと連携を取りながら定期的に訪問を行っていますが、このように精神疾患の患者さんにとって在宅医療は、最後のセーフティーネットとしての意味合いがより強いといえるのです。
最期は自宅で迎えたい 知っておきたいこと