上皇の執刀医「心臓病はここまで治せる」

ハイブリッド手術は高齢患者の夢をかなえることができる

天野篤氏
天野篤氏(C)日刊ゲンダイ

 心臓手術の進化が患者さんの夢をかなえる――。先日、あらためてそう感じた手術を実施しました。

 患者さんは88歳という超高齢の男性で、狭心症と大動脈弁狭窄症があり、全身も衰弱して生活に大幅な制限を受けている状態でした。手術の前に話を聞いてみると、足の血管も詰まっていて好きなゴルフもできなくなってしまったといいます。

「心臓を治してもう一度ゴルフをやりたい」

 そんな希望を口にされました。私も大のゴルフ好きですから、その気持ちは十分すぎるほどわかります。

「できますよ。元気になって一緒にコースを回りましょう」

 そうお話しして手術に臨みました。心臓の動きを止めないまま狭心症に対する冠動脈バイパス手術と、傷んでいる大動脈弁をカテーテルを使って交換するTAVI(経カテーテル大動脈弁留置術)をいっぺんに行うハイブリッド手術です。

 まず狭心症を起こす原因になっている冠動脈の狭窄に対し、他の血管を使って3カ所にバイパス=迂回路を作って十分な血流を取り戻します。

 それにより心臓の虚血を改善してから、太ももからカテーテルを挿入して人工弁を留置するというものでした。

 このように、外科医による手術と内科医による血管内治療を、人工心肺装置を使わずに心臓を動かしたまま同時に行えるハイブリッド手術が可能になったことで、患者さんの負担が大幅に軽減できるようになりました。80代後半の超高齢患者さんの治療も問題なく実施できるのです。

■負担が少なく術後の回復が早い

 手術のために心臓の動きを止めると、それだけで患者さんの臓器はダメージを受け、術後の回復も遅れてしまいます。心臓を止めている時間が長ければ長いほどダメージも大きくなるので、ただでさえ全身状態が悪い高齢者にとっては、心臓を止めたままバイパス手術と弁置換術を行うのは極めてハイリスクといえます。大動脈弁の手術にプラスして他の手術、たとえばバイパス手術や動脈瘤の手術が加わると、心臓を止めるオンポンプ手術を行った場合と、心臓を動かしたまま実施するオフポンプ手術を行った場合に表れる負担の「差」が、さらに増幅されてしまうのです。

 しかし、心臓を止めないオフポンプでバイパス手術を行ったうえでそのままTAVIを実施すると、患者さんの負担が小さくなって大幅に回復が早くなります。

 そのため、これまでなら手術ができない超高齢や合併症を抱えている高リスクな患者さんも、治療できるようになりました。これこそがハイブリッド手術の最大のメリットです。

 今回、ハイブリッド手術を行った88歳の男性は、先にバイパス手術を行いましたが、傷んでいる大動脈弁の状態が悪かったため、バイパスを作る際に心臓を持ち上げるなどして“形”を変えないように処置する必要がありました。通常なら心臓の裏(背中側)に糸をかけて引っ張り上げて、最適な位置にバイパスを作ることができるのですが、心臓を持ち上げると血液の拍出量が変わります。大動脈弁狭窄症ではただでさえ拍出量が落ちているので、心臓を持ち上げるとさらに拍出量が減って全身に回る血液が不足し、体内循環が破綻してしまうのです。

 このような場合、まず要所にだけバイパスを作っておいてからTAVIで弁交換を行い、その後で再び必要なバイパスを作るケースもありえます。ただ、それでも人工的に弁を設置するわけですから、心臓を持ち上げるなどして不自然な状態にすることはなるべく避けなければなりません。ですから、最初に必要なところにバイパスを作ってからその後にTAVIを実施する選択をしたのです。

 ハイブリッド手術は問題なく終わり、心臓そのものはすぐに回復するでしょう。ただ、開いた胸の傷がしっかりくっつくまでは2カ月くらいかかります。また、狭心症と大動脈弁狭窄症の影響で全身が弱ってしまっていたので、ゴルフができるようになるまでは、リハビリで体力を取り戻す必要があります。

 とはいえ、これが心臓を止めた状態でバイパス手術と弁の交換を行っていたとすると、日常生活に問題がないくらい回復するまで半年以上はかかるでしょう。

 ハイブリッド手術によって早い回復が見込める88歳の患者さんと、一緒にゴルフができる日が今から楽しみです。

天野篤

天野篤

1955年、埼玉県蓮田市生まれ。日本大学医学部卒業後、亀田総合病院(千葉県鴨川市)や新東京病院(千葉県松戸市)などで数多くの手術症例を重ね、02年に現職に就任。これまでに執刀した手術は6500例を超え、98%以上の成功率を収めている。12年2月、東京大学と順天堂大の合同チームで天皇陛下の冠動脈バイパス手術を執刀した。近著に「天職」(プレジデント社)、「100年を生きる 心臓との付き合い方」(講談社ビーシー)、「若さは心臓から築く 新型コロナ時代の100年人生の迎え方」(講談社ビーシー)がある。

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