全米で年100人死亡というが…ヒアリは本当に殺人アリなのか

「殺人アリ」は大袈裟?
「殺人アリ」は大袈裟?(環境省提供)

 先週は春先の野外活動で気をつけたい、ヤケドムシやヤマビルなどを取り上げたが、ほかにも気をつけたい毒虫がある。たとえば、以前話題になったヒアリだ。アリの一種で、数年前に「殺人アリ、日本に上陸」とマスコミを大いに賑わせたので覚えている人も多いはず。その後はほとんどウワサを耳にしないが、実はこのコロナ禍に、密かに勢力を拡大しつつあるらしい。長浜バイオ大学(医療情報学)の永田宏教授に聞いた。

 ヒアリはアルゼンチンなど中南米の原産で、1930年代に貨物船に乗って北米に侵入、たちまち拡散し、いまでは米国南部の代表的なアリのひとつに納まっている。今世紀に入ると、グローバル化の波に乗って中国、台湾、オーストラリアなどに進出し、いつ日本に上陸してもおかしくない状況になっていた。

 そして2017年5月26日、尼崎市の倉庫に搬入されたコンテナから、女王アリ2匹と働きアリ数百匹が見つかった。このときマスコミ発表は6月9日だったので、この日をヒアリの日本初上陸と覚えている人も多いかもしれない。中国広東省の港を出港し、神戸港に陸揚げされた後、尼崎に陸送されたものだ。もちろん、発見後ただちに駆除された。

 しかし同年7月3日には、東京港の大井ふ頭で、空のコンテナから働きアリ200匹が見つかった。女王アリは発見されなかったのだが、卵やさなぎなども多数見つかっている。発表は7月6日で、「殺人アリ、東京に現る」と大騒動になったのだ。

 その後も断続的に全国の港でヒアリが見つかり、その都度駆除されて、国内への侵入は食い止められてきた。ところが2019年10月に事態が一変する。東京港の青海ふ頭から、女王アリ50匹、働きアリ約750匹が見つかったのだ。環境省の資料などには「繁殖可能な女王アリが飛び立ち他に広がった可能性がある」「ヒアリ対策のフェーズが変わったものと認識する」といった言葉が並んでいる。どうやら定着が始まったようだ。

■アリはハチの親戚

 ところでヒアリは、実際にどれだけ危険なのだろうか。「噛まれる」と思っている人もいるだろうが、実際には「刺される」が正解。もちろんアリが大顎で噛むことはあるが、顎には毒はないので、ちょっと痛いだけ。しかしアリは生物学的にはハチの親戚なので、毒針を持っている種がいる。実際に刺すこともある。日本の在来種であるオオハリアリやクシケアリなどは人を刺すし、刺されると相当痛いといわれている。

「ヒアリもお尻の先に毒針があり、人を刺すことがあります。毒は主にアルカロイド系の物質で、ソレノプシンと呼ばれています。細胞膜を傷つけ、ミトコンドリアの働きを妨害し、神経を麻痺させる作用があります。ただし、刺されても毒の量はごくわずか。1匹や2匹に刺されたからといって、それで命を落とすようなことはありません」

 アナフィラキシー(全身性の強いアレルギー症状)に関しては、刺された人の3%に症状が出るという報告がある。ハチ毒と共通の成分が含まれているため、いままでヒアリに一度も刺されたことがない人でも、ハチ毒アレルギーがあれば、アナフィラキシーを発症することがある。しかし死に至ることはほとんどないようだ。

「以前、環境省のパンフレットに『全米で年間100人以上が死亡』と書かれたことがありますが、根拠がなく、すぐに削除されました。どうやら『殺人アリ』の称号は大袈裟すぎたようです」

 ただし刺されれば、それなりに痛い思いをするという。厚生労働省の資料によれば、「刺された瞬間は熱いと感じるような激しい痛み」があり、「やがて刺された痕がかゆくなる」とある。傷はニキビ大から直径2センチ程度に赤く腫れ、その中心には、毒で死んだ細胞が白い膿になってたまる。また海外で刺された人の証言などによれば、「ハチに刺されたのと同じくらい痛い」という。

「ヒアリがこの先、国内でどこまで拡散するかはまだ分かりません。昨年は全国の港で16件、ヒアリが確認されていますが、定着したかどうかは不明です。青海ふ頭がその後どうなったかも気になります。気候的には茨城県以南は十分に生息可能とされていますから、今年の夏にお台場あたりで、初の被害者が出るかもしれません」

 ヒアリの最大のライバルは他のアリといわれている。原産地では他に強いアリたちに圧倒され、弱い立場に甘んじている。そのため環境省のヒアリ対策マニュアルなどには、駆除の目的で、むやみに殺虫剤を散布するのは慎むように書かれている。他のアリも一緒に駆除されてしまうため、できた空白地帯に、新たなヒアリが進出していく。

 まずは日本のアリたちの健闘を期待したいところだ。

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