上皇の執刀医「心臓病はここまで治せる」

進化する新たな技術を手術に応用できないか常に考えている

天野篤氏
天野篤氏(C)日刊ゲンダイ

 前回、60代の男性患者の手術についてお話ししました。弓部大動脈瘤でこぶが大きくなった動脈を人工血管に交換したうえ、3カ所の冠動脈バイパス手術をいっぺんに行ったケースです。

 首の頚動脈に人工心肺装置をつないで脳の血流を維持しながら、体温を28度まで下げる「低体温循環停止法」を実施する大掛かりな手術でしたが、術後の後遺症もなくほぼ完璧な手術ができました。

 昔なら10人に1人くらいは亡くなっていたであろう手術を問題なく終わらせることができたのは、医療機器などの技術が大きく進化したおかげです。今回の手術では、事前に3Dプリンターを使って患者さんの心臓を立体的に作り、人工血管の通る最適なルートや理想的な完成形をデザインしてから手術に臨みました。もし現在のような進歩したCTやエコーといった画像診断技術が確立されていなければ、完璧な手術はできなかったかもしれません。また、人工心肺装置や人工血管など術中に使われる機器や材料の進歩も見逃せません。

 以前であれば、難しくて手術できない、あるいは手術はできても一部の身体機能を犠牲にしてしまう可能性が高かったでしょう。しかし、技術の進歩によってそうした問題を起こすことなく手術できるようになったのです。

 心臓血管外科の分野にとどまらず、こうした新しい機器や材料、技術が登場するたび、私は常に「ひょっとしたら心臓手術に応用できるんじゃないか」と考えています。今回の手術でも活躍した3Dプリンターを使う方法は、そもそもはカテーテルで血管内治療を行う循環器内科で採用されているものでした。それを外科手術でも取り入れたのです。

■得意ではない分野も取り入れる

 自分が得意ではない分野の技術についても、「自分が得意とする領域に応用できないだろうか」と常に考えています。たとえば、カテーテルを使った血管内治療については、私はまったくタッチしていません。しかし、自分の“畑”である外科手術に血管内治療をプラスすれば、患者さんにとってさらに満足度が高い治療が実施できることが明らかなら、手術で血管内治療は経験がある若手に任せ、それ以外の部分を自分が担当するといった役割分担をしてより良い手術を実践します。

 外科医は他人に委ねることを嫌う場合が多いものなのですが、私は「患者さんにとって最善ならば、それぞれが得意とする部分を経験値が高い人に委ねる」ことを優先しています。だからこそ、心臓の動きを止めないまま行う冠動脈バイパス手術と、カテーテルを使って大動脈弁を交換するTAVI(経カテーテル大動脈弁留置術)をいっぺんに実施するハイブリッド手術も実現できているのだと思っています。

 一方で、自分が得意ではない分野の新たな技術にはまったく目を向けない外科医もたくさんいます。そうした外科医は、すべてを自分が得意とするもので済ませてしまおうと考えているため患者さんにとって危険と言えます。常に自分のフィールドで考えることしかしないので、ガイドラインを無視して強引に手術を行ったり、ほかにもっと効果的な治療があるのに、自分が得意とする手術に誘導するのです。昨今の低侵襲治療は安全のために開発されたものがほとんどですが、保守的な外科医は「自分の得意とする手術だけは安全性でも負けていない」と勘違いしています。得意=安全には限界があることを理解していないのです。

 こういった患者さんの満足よりも自己満足を優先する外科医というのは、患者さんにとって不利益でしかありません。かつての自分を振り返ると、自己満足を優先していた部分がなかったとは言えないのが正直なところですが、それをしっかり反省して、今は患者さんにとっていちばん満足度が高くトラブルが少ない治療を何よりも優先しています。

 そのためにも、自分の専門領域以外でも新しい技術に対するアンテナを常に張り、いかに応用できるかを考え続けることは欠かせません。新しい機器や技術というものは、登場した直後は高額だったり、用途が限定されているものです。ですから、すぐには心臓手術に応用できない場合がほとんどなのですが、ある程度広く使われ始めたタイミングで、ふと「これは使える」とひらめくのです。

 発明家・エジソンの「天才とは1%のひらめきと99%の努力のたまものである」という有名な言葉があります。解釈には諸説あって、「ひらめきがなければ努力は無駄になってしまう」という意図で発言したという人もいますが、私は「ひらめきを得るためには努力が必要だ」と考えています。ほとんどすべてと言えるほど努力に努力を重ねたうえで、そのご褒美として初めてひとつの確かなひらめきが与えられる。だからこそ、私はずっと日々の努力を続けています。

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天野篤

天野篤

1955年、埼玉県蓮田市生まれ。日本大学医学部卒業後、亀田総合病院(千葉県鴨川市)や新東京病院(千葉県松戸市)などで数多くの手術症例を重ね、02年に現職に就任。これまでに執刀した手術は6500例を超え、98%以上の成功率を収めている。12年2月、東京大学と順天堂大の合同チームで天皇陛下の冠動脈バイパス手術を執刀した。近著に「天職」(プレジデント社)、「100年を生きる 心臓との付き合い方」(講談社ビーシー)、「若さは心臓から築く 新型コロナ時代の100年人生の迎え方」(講談社ビーシー)がある。

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