乳がんの手術を受ける人のうち3人に2人は、乳房温存手術を受けています。乳頭と乳輪を残してがんを部分的に切除する方法です。全摘しないため、乳房の変形も比較的に軽度で済みます。
しかし、ステージ0の乳がんを全摘したことが話題を呼んでいるのが、モデルの佐藤弥生さん(43)です。術後の病理検査で転移はなく、経過は良好。「行動、運動制限は無いので毎日美味しい物をいっぱい食べてます」とSNSで語っています。無事に元の生活に戻ることができたのは、何よりでしょう。
このタイプの乳がんは最近、増えています。ポイントを整理しておきましょう。
佐藤さんが患ったのは非浸潤性乳がん(DCIS)と呼ばれるタイプ。乳がんは乳管などの細胞から発生しますが、非浸潤性とある通り乳管の外に広がることなく乳管内にとどまっています。つまり、転移しません。比較的おとなしいがんで、命に関わることはありません。まして佐藤さんはステージ0でした。
胃がんや大腸がんなどほかの多くのがんでステージ0なら、部分切除で済みます。佐藤さんが全摘したのはなぜかというと、厄介な性質が関係しています。
実はDCISは、がんが広がっている範囲が特定できません。部分切除で済むには、がんの場所を特定できることが不可欠ですが、特定できないがんを部分切除すると取り残しのリスクが高い。取り残しが浸潤がんになることもあるため、ステージ0でも全摘が一般的なのです。
乳がんは古くはしこりなどの自覚症状で見つかることが多かったのですが、マンモグラフィーやエコーなどの検査精度の向上や実施数の増加で自覚症状のない早期で見つかるケースが増えています。そんなタイプにDCISが含まれていて、この10年で5倍に増加。検診で発見される乳がんのうち、2割がDCISです。
これらの検査で拾っているのは、微小な石灰化の病変。石灰化がすべてがんになるわけではありません。石灰化が見つかると、生検して細胞の悪性度を調べることが重要です。
女性にとって、乳房の全摘は重い意味を持ちます。佐藤さんは43歳で、2人のお子さんを出産されていますが、出産する前の若い方がDCISと診断されたらどう思われるでしょうか。
乳がん以外の原因で亡くなった女性を解剖したところ、その16%に非浸潤性乳がんが見つかったという報告があります。これが意味することは、非浸潤性乳がんは放置しても命を左右することなく大丈夫なケースがあるということです。
その点を踏まえると、若い女性の場合は、DCISと診断されてもすぐに切除しなくてもいいかもしれません。画像検査で石灰化の塊がなければ、定期的な検査で経過を観察しながら、手術のタイミングをうかがうということも一考の余地があると思います。
Dr.中川 がんサバイバーの知恵